(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2016年11月02日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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甲賀市甲南町竜法師 天満宮


滋賀県甲賀市甲南町竜法師に鎮座する「天満宮(てんまんぐう)」です。

嶺南寺(れいなんじ)と参道が並んで奥に向かっています。

この周辺は土地勘が全くなかったので、この神社に辿り着くのに大層苦労しました。

更に言えば新しい道がくねくねと山中に張り巡らされていて方向も掴めませんでした。


天満宮(てんまんぐう)

  甲南町竜法師山垣外●●鎮座

主祭神

  菅原道真公(すがわらみちざねこう)

拝祀神

  誉田別神(ほんだわけのかみ)大山咋神(おおやまくいのかみ)素戔男命(すさのおのみこと)崇徳天皇(すとくてんのう)保食命(うけもちのみこと)天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)

由緒

天喜三年(1055)安養院(あんよういん)(現在の嶺南寺(れいなんじ))の僧が、一社を平林の地に建立し、菅原道真公(すがわらみちざねこう)〔延喜三年(905)崩去〕の霊を祀り、同院の守護神とし、これを天満宮(てんまんぐう)と称し、当村の氏神として崇敬する。

慶安元年(1646)別当僧十余人の信徒と謀り宮根の荒蕉地を拓きて、耕地とし当社の維持に充てた。

後、神社の講田として天神講を設け今日に至るまで伝承している。

寛文二年(1662)五月の火災により、当時の安養院(あんよういん)は消失したが、当社は幸いに無事であった。

享保八年(1723)八月再び火災にであい、当社も焼失した為、翌九年(1724)五月に当村の宮上山に社殿を新造して奉還した。

当社創立以来、嶺南寺(れいなんじ)が管理をしていたが、明治初年に分離する。

明治九年(1876)十月、村社に列し同二十六年四月に本殿及び拝殿を改築する。

大正五年(1916)十一月、神饌幣帛料供進社に指定せらる。

本殿 間口六尺 奥行四尺 流造桧皮葺七尺 九尺 東面

境内 七百四十七坪(2.465平米)/p>

拝殿 二間四面(3.6米四方)

氏子数 百七十戸(1993年現在)

境内社 稲荷神社(いなりじんじゃ)大国天(だいこくてん)

主な講社 天神講、天王講、敬神講、大祓講、金刀比羅講、稲荷講

主な行事

一月一日 元旦祭

二月一日 新祷祭(初老 還暦祈願祭)

二月十一日 建国記念祭

二月二十五日 新年祭(子丈参り)

四月二十四日 新年例祭宵宮祭

四月二十五日 例大祭

六月二十八日 大祓式(大祓講)

七月二十五日 納涼祭

十一月三日 文化の日祭

十一月二十五日 新嘗祭』

境内掲示より


今ではおおよその土地勘が出来て来たので、どの道を選択すると何処へ出るということが解るようになってきたのでかなり楽になりました。

新しい道は、センターラインもある広い道なのですが、一箇所曲がり損ねるとかなり大回りになったり、とんでもない方向を向いてしまったりします。

最初の頃に守山から名張に向かうのに、この近辺で曲がる方向を間違えて守山に戻ってしまったことがあります。

周辺には未訪問の神社がかなり残っています。

時間を作って訪問の機会を作りたいものです。


関連情報レポートリンク

【滋賀県甲賀市 神社一覧】