(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2016年09月05日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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甲賀市甲賀町神保 日吉神社


滋賀県甲賀市甲賀町神保に鎮座する「日吉神社(ひよしじんじゃ)」です。

彦根の祖父母の墓参の帰り道にいつもの道ではなく初めての土地勘のない地域を通って帰宅途中に方向を誤って何処にいるかも解らずに走っていてこの神社前に差し掛かったので、位置を確認するために車を停めて参拝しました。

一度参拝したと思ったので確認に来たのですが、よく似ている雰囲気はあるのですが初めての参拝であることは間違いありませんでした。


日吉神社(ひよしじんじゃ)

祭神

 大山咋神(おおやまくいのかみ)

 罔象女神(みずはのめのかみ)

 素戔嗚尊(すさのおのみこと)

由緒

近江国甲賀郡神保村字清光山鎮座、上代より立木を神体として崇敬していた。

創立年紀は、四十五代聖武天皇、天平十三年(741)橘氏勧請なり

その後、五十代桓武天皇、延暦年中(781 - 806)に神徳を施し給う故に村民挙げて崇め社地を沖生川の水上に卜定し坂本の日吉大社(ひよしたいしゃ)の神を勧請し、山王明神(さんのうみょうじん)と奉号する。

その後、永承年間(1046 - 1053)に甲賀三郎義家の臣社殿を造営する。

九十七代後村上天皇応永元年八月下旬(1342)本村の小児の多くが夜泣きが止まらず神像を奉納し儀式を行った。

以来子供安泰のお宮と崇敬された。

その後、百三代後土御門天飲ん応仁年中(1467 - 1469)足利義政将軍の頃、神保掃部介秀氏(じんぽかもんのすけひでうじ)篤く崇敬する。

慶長年間(1596 - 1615)恒例の祭儀絶え旧記多く失う。

延宝元年(1673)十一月二十六日元山王社(さんのうしゃ)と称し、山王平に鎮座し神像を再刻す。

百十二代霊元天皇貞享三年(1686)村民が社地を新しく選ばんとした時、東北の北の山に清光嚇々と輝く領主の堀田伊勢守権左ヱ門社地を清光山に定め同年二月二十六日に奉還し永く子供の安泰を祈る社とした。

明治十三年(1880)七月、日吉神社(ひよしじんじゃ)と改称し、大正十二年(1923)二月十七日に村社となる。

戦後は宗教法人日吉神社(ひよしじんじゃ)として現在に至る。

例祭 毎年四月中旬の日曜日』

境内掲示より


山の中ではなかなか方向が掴めません。


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