(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2016年08月30日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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甲賀市土山町北土山 田村神社


滋賀県甲賀市土山町北土山に鎮座する「田村神社(たむらじんじゃ)公式HP〕」です。

甲賀市の中でも全く土地勘が無い土山町に初めてやって来ました。

鈴鹿峠の直ぐ滋賀県側であることは知りませんでした。

道路標識に地名が出てくることが少なくなくどこだろうと思っていました。


田村神社(たむらじんじゃ)

祭神

  坂上田村麻呂公(さかのうえたむらまろこう)

  嵯峨天皇(さがてんのう)

  倭姫命(やまとひめのみこと)

由緒

厄除の大神として篤いご崇敬を集めておられる田村神社(たむらじんじゃ)の御祭神「坂上田村麻呂公(さかのうえたむらまろこう)」は、平安朝のご歴代、桓武、平城、嵯峨天皇に仕え、そのご忠勲とご功績は後世まで高く讃えられ、比類無き傑出した英雄として、現代に至るまで歴史を通じて敬仰されてまいりました。

延暦十六年(797)、征夷大将軍に任ぜられたことはあまりにも有名である。

当社の由緒によりますと、田村麻呂公は、弘仁元年(810)嵯峨天皇の勅命を受け、交通の要所である近江、伊勢の国境、鈴鹿山道に跋扈し旅人を悩ましていた悪鬼を討伐され、その障害を除き一路平安を確保されました。

このご遺徳を仰ぎ、田村麻呂公ご逝去の翌年となる弘仁三年(812)、ご由縁の地たる土山に、嵯峨天皇の勅願所として祀られ高座田村大明神(たむらだいみょうじん)と称したと伝えられています。』

リーフレットより



矢竹(厄除矢)の由来

御祭神坂上田村麻呂公が、勅を奉じて鈴鹿山中に跋扈し旅人等を悩ます悪鬼(俗に言う山賊)を言向け平定された際、御弓矢を張り給いて申された「今や悪鬼も無し、これより此の矢の功徳を以て万民の災いを除かん、此の矢の落ちたる地が吾が宮居として斎き祀れ」放たれた矢は、ここ本殿前に落ち、不思議なことに青々と芽が出て育ち、現在の矢竹になったと伝えられています。

以来、田村大神の御心を心として神矢を奉製し、矢の功徳を以て御崇敬者の厄災を祓い開運恵方を導く深き信仰となったのであります。』

※ 境内掲示より


私は最初は田村神社(たむらじんじゃ)に気づいていませんでした。

この周辺に出てきて「江ノ島神社(えのしまじんじゃ)白川神社(しらかわじんじゃ)御旅所(おたびしょ))」から国道1号線に出ないで下ってきて「田村川橋・高札」に気が付いて橋を渡るといつの間にか田村神社(たむらじんじゃ)に辿り着いたというのが本音です。

事前情報を調べてこなかったのでさっぱりです。

東海道五十三次の四十九番目の土山宿であることさえ知りませんでした。

じっくりと廻ってみます。

史跡や神社仏閣が数多く在りそうです。


関連情報レポートリンク

【滋賀県甲賀市 神社一覧】