(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2016年07月30日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


xHOTZONE Go to xDataBase viewhalloo Tips p2pzigzag p2pzigzag hrkz p2pzigzag Go to Home evtcal reporter2

甲賀市土山町前野 瀧樹神社


滋賀県甲賀市土山町前野に鎮座する「瀧樹神社(たぎじんじゃ)」です。

往時の東海道沿いに一の鳥居があります。

私はその前に脇にある鳥居と駐車場を見つけてそちらからアクセスしました。

社叢(しゃそう)は相当な規模のある境内を想像させます。


瀧樹神社(たぎじんじゃ)の由来

この神社の由来は、約2千年前からの神聖(しんせい)なる地として、知られている神社である。

倭姫命(やまとひめのみこと)が、巡幸(じゅうこう)された時、この場所に朝夕(あさゆう)調膳(ちょうぜん)殿舎(でんしゃ)建立(こんりゅう)されたところであり、さらには斎王郡行(さいおうぐんこう)の斎王が(みそぎ)をされた川が近くにある。

平安時代(へいあんじだい)仁和(にんな)元年(885)に伊勢国(いせのくに)瀧原宮(たきはらぐう)長由介(ながゆけ)(みや)御祭神(ごさいじん)速秋津比古之命(はやあきつひこのみこと)速秋津比咩之命(はやあきつひめのみこと)御分霊(ごぶんれい)勧請(かんじょう)して本社の主祭神(しゅさいじん)>としている神社である。

室町時代(むろまちじだい)文明(ぶんめい)二年(1470)には、当寺(とうじ)領主(りょうしゅ)であった岩室主馬頭家俊(いわむろしゅめのかみいえひと)と云う人が京都北野天満宮(きたのてんまんぐう)の御祭神で学問の神と云われている菅原道真(すがわらみちざね)御分霊(ごぶんれい)勧請(かんじょう)しそれを本社に遷宮(せんぐう)され、並宮(ならびのみや)として祭祀(さいし)されている。

また延徳(えんとく)元年(1489)には現在国の選択無形民俗文化財(せんたくむけいみんぞくぶんかざい)指定(してい)されているケンケト(おど)りがはじめて奉納(ほうのう)され今日に至っている。

また平成十七年(2005)には本殿(ほんでん)拝殿(はいでん)大改修新築(だいかいしゅうしんちく)され同時に境内(けいだい)全面的(ぜんめんてき)な整備がなされ、神社の一層(いっそう)荘厳(そうごん)さを増している。

祭礼日は、毎月五月三日で当日はケンケト(おど)りをはじめ花奪神事(はなばいしんじ)神輿(みこし)渡御(とぎょ)も行われ盛大(せいだい)なる祭りで世に知られている。』

境内掲示より


この境内には「倭姫命(やまとひめのみこと)御禊所(みそぎしょ)」と「神木」の説明文が掲示されています。

巨樹の多い広大な境内です。

東海道の四十九次宿場である土山宿として鈴鹿峠越えの人々が往来した交通の要衝であるということは十分に伝ってきます。

数えきれない人々による歴史の積み重ねが今のこの地域の姿であることは間違いないと思います。

堪能しましたが、再訪問する必要が有ります。


関連情報レポートリンク

【東海道周辺の史跡・寺社仏閣 一覧】


関連情報レポートリンク

【滋賀県甲賀市 神社一覧】