(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2016年04月18日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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守山市古高町 大将軍神社


滋賀県守山市古高町に鎮座する「大将軍神社(だいしょうぐんじんじゃ)」です。

以前から気になっていた神社ですが、アクセス方法が解らず参拝するために調べようと考えていたところです。

土地不案内で自分の位置も確認できずに守山市内を散策していたのですが、迷った挙句に参拝出来たのは幸運です。

それにしても旧道沿いはアクセスが難しいということを思い知らされます。


大将軍神社(だいしょうぐんじんじゃ)祭神

八千矛之命(やちほこのみこと) 国益産業・五穀豊穣 守護の神

武甕槌之命(たけいかづちのみこと) 国難封除 守護の神

経津主之命(ふつぬしのみこと) 武力角力 守護の神

大将軍神社(だいしょうぐんじんじゃ)は、今から千二百年前(延暦年間)に建てられたものと伝えられている。

その頃、大将軍の神は、全国各地に祀られており殊に近江の国では村々に社があって、悪神が入って来るのを防いでいた。

当社もその一つで、武家の古髙氏、三上氏等が主になってお祀りしていた。

当社の社殿は応仁の乱の兵火によって焼失したが、佐々木山内正綱の命をうけて三上満実によって、再建された。

長享元年(1487)十二月室町幕府第九代将軍足利義尚が佐々木高頼を征める際、当社が火災に合い、社殿にも延焼したので三上政美らが願主となって建立した。

江戸時代になって、京都大覚寺門跡より「神垣唐破風造り」等の修繕料と御紋所付高張提燈一対が寄付があった。

当社は、大正八年(1919)「村社」に認定された。

現在農業倉庫にある、大太鼓は欅胴造りで室町時代の物と推定されている。

又、来歴を知る銘入り物は左記の五点である。

石燈篭

元和十年(改元)寛永元年二月 江州栗太郡古髙村

大将軍神社(だいしょうぐんじんじゃ)

明和二年乙酉十一月吉日 氏子中

拝殿棟上

享保十九年寅七月吉日 奉再建拝殿 奉寄進、古髙村氏子中

新鏡裏銘

寛永五年戌子正月吉祥日 奉寄進、古髙村惣氏子中

手洗鉢、石銘

天保十四年 御手洗石、井戸 当村伊勢講中

※ 境内掲示より


大阪で「大将軍神社(だいしょうぐんじんじゃ)」と云えば、大阪市北区天神橋に鎮座する「大阪天満宮(おおさかてんまんぐう)」の境内社ぐらいしか記憶がありません。

京都府や奈良県や滋賀県にはかなりの数が鎮座しているようです。

そう言えば守山市守山にも大将軍神社(だいしょうぐんじんじゃ)が鎮座していた記憶があります。


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