(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2016年03月20日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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守山市吉身 馬路石邊神社〔田中大明神〕


滋賀県守山市吉身に鎮座する「馬路石邊神社(うまじいそべじんじゃ)田中大明神(たなかだいみょうじん)〕」です。

野洲川から守山市役所方面に向かって走ると存在に絶対に気が付くのですが、参拝の為に車を駐車するスペースを発見するのに時間が掛かりました。

南側の参道は直線で距離があります。

西側にも赤い鳥居があるのですが、この神社のものであることにやっと気が付きました。


『延喜式内

馬路石邊神社(うまじいそべじんじゃ)田中大明神(たなかだいみょうじん)

御祭神

素戔嗚尊(すさのおのみこと)(天照大神の弟神)

大己貴命(おおなむちのみこと)(大國主神の一名)

御神徳

素戔嗚尊(すさのおのみこと)大己貴命(おおなむちのみこと)の御神徳は宏大無邊で、この地上の自然界・人間界の宿命、現世の罪、隠世に對する恐怖、疫病を給め萬の苦しみ不幸からの救いと導き、農業工業商業すべての産業の発展、厄除、交通安全、安産、縁結びの神として、世の中の幸福増進を図る人間生活の守護神である。

由緒

當神社の創建は、古く白鳳朱雀年間(皇紀1310年頃 西暦650年頃)何れも戌年に、この羽賀の地に御降臨になり、田中大明神(たなかだいみょうじん)と崇められ、往古より例祭は四月第二の戌の日に執行され、渡御の神賑わいとして五穀豊穣の古式踊が奉納された。

慶長年間、祭禮の際、氏子間に闘争があり、神輿を破損し羽賀の田に埋め、神輿塚と称し祭事が営まれてきた。

當社が田中大明神(たなかだいみょうじん)田中天王(たなかてんのう)と崇められるのは、馬路郷田中荘(今の吉身・守山・播磨田・金ヶ森・小島・市三宅等)の総鎮守にして、この森を「天王の森」「鶴の森」と称した為で、平安朝の延喜式神名帳の中に見える古社であり、この社の神使は、白犬とされる。

元亀天正の頃、この附近軍馬の蹄に汚され、社殿、社宝、古記類等を消失、現在の社殿は江戸時代末期に再興され明治十四年郷社に列せられる。』

境内掲示より


参道までを境内と考えるとかなりの敷地になりますが、参拝してみると何とも言えない素晴らしい雰囲気が気に入りました。

この日は偶々祭礼の準備をされていましたの忙しく動き回る氏子や神社の関係の方に迷惑をかけないように早々に参拝を終えましたので再度訪問して見ます。

通りかかる度に結構な数の参拝者を見かけることがありますので熱心な信仰篤い崇敬者が数多く存在することは間違いないようです。

駐車場が解り易ければ嬉しいのですが、参道附近に見当たらないので少々苦労しました。


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