(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年09月16日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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甲賀市甲南町池田 檜尾神社〔桧尾神社〕


滋賀県甲賀市甲南町池田に鎮座する「檜尾神社(ひのおじんじゃ)桧尾神社(ひのおじんじゃ)〕」です。

三重県伊賀市東湯舟に鎮座する手力神社(てぢからじんじゃ)から甲賀市甲南町上馬杉に鎮座する油日神社(あぶらひじんじゃ)経由でやってきました。

山を越えると田んぼの中に鳥居が見えたので当初の計画とは反対に進んでみました。


檜尾神社(ひのおじんじゃ)

主祭神

  天津彦彦火瓊々杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)

配祀神

  伊邪那美命(いざなみのみこと)素戔嗚命(すさのおのみこと)蛭子命(ひるこのみこと)猿田彦命(さるたひこのみこと)應神天皇(おうじんてんのう)菅原道真公(すがわらみちざねこう)

境内社

  金刀比羅社(ことひらしゃ)八坂社(やさかしゃ)天照皇大神宮(てんしょうこうたいじんぐう)

由緒

社伝によれば、往昔この辺りに滝池あり、瓊々杵尊(ににぎのみこと)、青龍となり雲中に垂現しある時は災気の尾を垂れ給うにより之を祀り社号を「火尾」としたが、その後火災大木を以て「檜尾」と改めたところ火災止む。

故に、正一位檜尾大明神(ひのおだいみょうじん)と称され火災除、方除の神として信仰篤く今に及ぶ

春の例大祭、春分の日には猿田彦命(さるたひこのみこと)の古式により、農耕五穀豊饒、魔除け、通行安全の神事が保尊され今に伝承されている。

(「祭礼行幸記」による)

中世、在地武将の崇敬篤く、棟札古文書によれば、本殿は応安二年(1369)藤原頼康らにより再造立。

大永五年(1525)には、池田新治郎らにより屋根換え、天正八年(1580)には、池田信輝らにより改築され、宝永三年(1706)に再建されたのが現社殿である。

三間社流造りの代表として県有形文化財に指定されている。』

境内掲示より



『滋賀県指定 有形文化財

檜尾神社(ひのおじんじゃ)本殿

  平成元年三月三十一日指定

神社の創立は明らかではないが、社蔵文書に大栄五年(1525)檜尾大明神(ひのおだいみょうじん)の名がみられ、境内に隣接する檜尾寺(ひのおじ)檜尾神社(ひのおじんじゃ)の神宮寺であり、古くから社殿の存在が伺い知れる。

祭神位は天津彦彦火瓊々杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)を祀っている。

本殿は高欄擬宝珠(こうらんぎぼうじゅ)の銘より宝永三年(1706)に建築されたものである。

建物は正面三間、奥行二間の三間社流造(さんげんしゃながれづくり)で、正面に軒唐破風(のきからはふ)を付け、座根は檜皮葺(ひわだぶき)である。

頭貫木鼻(かしらぬききばな)や柱上の組物(くみもの)蟇股(かえるまた)手挟(てばさみ)脇障子(わきしょうじ)などの華やかな彫刻に近世らしい特色がよくあらわれている。

外観はこの地方に多い丹塗(にぬ)りとし、組物・彫刻に極彩色(ごくさいしき)を施した華麗なものである。

建物は、十八世紀初頭の前室を持たない三間社流造(さんげんしゃながれづくり)本殿の代表として貴重である。

平成二年三月

滋賀県教育委員会』

境内掲示より


檜尾寺(ひのおじ)は神宮寺という事で境内の境界線は解りにくく判断が付きかねます。

それにしても神社の本殿や拝殿の形式には様々なものがあるようです。

門外漢の私には素晴らしい彫刻や極彩色に塗られたり、歳月を経て素晴らしい色になったという程度のことしか解りかねます。

時間が経過すると常に変化していくことに人として対処していかなければならないことが良く解って来ました。


関連情報レポートリンク

【滋賀県甲賀市 神社一覧】