(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年04月19日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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守山市守山 中山道本陣跡・井戸跡


滋賀県守山市守山の「中山道(なかせんどう)本陣(ほんじん)跡」と「井戸跡」です。

街道を挟んで守山市守山に鎮座する「天満宮(てんまんぐう)」も鎮座していますし、鳥居前には「中山道守山宿」と「稲妻型屋敷割りの道」の説明書きや街道沿いには「中山道の道標」がありますのでそれぞれ別に紹介することにします。


本陣(ほんじん)

この場所は、本陣(小宮山九右衛門)があったと推定されている場所です。 江戸時代には、問屋、脇本陣、本陣などの役割を果たしました。 文久三年(1861)十月二十二日十四代将軍家茂に降嫁される皇女和宮親子内親王が御所から江戸城へ向かう旅程で、この本陣に宿泊されています。 この場所は昭和四十年(1965)まで特定郵便局長宅でしたが、平成十六年(2004)に取り壊されました。

謡曲「望月」

「望月」は、室町時代末期(1500年代後半)に、古来宿駅として、貨客の往来が盛んであった木曾海道(中山道)の守山を舞台に仇討ちを題材にした創作物語です。 「望月」は、信濃の住人・安田荘司友春の妻子が、元家老である甲屋の主人・小沢刑部友房とともに、仇敵の望月秋長を討つというあらすじで、登場する人物はすべて架空とされています。 また、その舞台になった宿「甲屋」も「近江奥地史略」享保十九年(1734)や皇女和宮降嫁の文久元年(1861)の事前「宿屋」調べにも記載がないことから、架空の宿と考えられます。 平成二十四年四月 中山道守山宿歴史文化保存会

守山市教育委員会』


私は演芸に疎いので「謡曲」のことは、全く解らないのですが、あちらこちらの歴史的な説明書きを読んでいると結構出てきます。


井戸跡

中山道守山宿歴史文化保存会』


私の理解では、これは「井戸跡」ではなく、「井戸の石組み」ということらしいですね。


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