(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2014年12月28日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


xHOTZONE Go to xDataBase viewhalloo Tips p2pzigzag p2pzigzag hrkz p2pzigzag Go to Home evtcal reporter2

甲賀市信楽町宮町 飯道神社一の鳥居と登山口


滋賀県甲賀市信楽町宮町に鎮座する「飯道神社(はんどうじんじゃ)一の鳥居と登山口」です。

紫香楽宮(しがらきのみや)跡から新名神の下をくぐって北上してきたのですが、石碑と鳥居に気が付きました。

「市指定史跡 飯道神社(はんどうじんじゃ)飯道山(はんどうさん)遺跡」と「信楽名山めぐり 飯道山(はんどうさん)入口」という説明書きがありましたので、取り敢えず参道と思しき道なりに上って見ることにしました。


『市指定史跡飯道神社(はんどうじんじゃ)飯道山(はんどうさん)遺跡

平安時代から江戸時代(平成十六年九月二十四日指定)

所在地 甲賀市信楽町宮町

飯道神社(はんどうじんじゃ)は、標高664mの飯道山(はんどうさん)を神体山とする信仰から始まったと考えられ、「延喜式神名帳」には甲賀郡内八座として記されている式内社のひとつで、飯道山(はんどうさん)山頂から南西700m程にある「ニノ峰」と呼ばれる頂に位置しています。

神社周辺には、平安時代以来、修験道の霊地として栄え、明治元年の神仏分離令まで存続していた飯道寺(はんどうじ)の石垣や僧坊の遺構が良く残っており、飯道神社(はんどうじんじゃ)飯道山(はんどうさん)遺跡として甲賀市指定史跡に指定されてます。

飯道寺(はんどうじ)は、奈良時代に役行者に開基されたとも伝えられ、平安時代末には天台宗寺院として成長し、江戸時代の絵図においても20以上の坊院が描かれるなど、その繁栄の様子がうかがえます。

また、「信長公記」には、天正九年(1581)に織田信長が伊勢攻めの時に宿泊したことが記されています。

寺は廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)によって明治四年頃に神社を残して廃絶しましたが、石垣によって区画された坊院の跡をみることができます。

また、飯道神社(はんどうじんじゃ)は、飯道寺(はんどうじ)が廃絶した後もこの場所に残されており、江戸時代の慶安二年(1649)に建立された本殿は、建物の内外部に(うるし)塗りや金箔(きんぱく)押し、極彩色(ごくさいしき)の華麗な装飾を施した江戸時代前期を代表する建築として、重要文化財に指定されています。』



信楽名山めぐり

飯道山入口

所在地 信楽町大字宮町

標高  六百六十四m

水口町との境にあり、山頂付近には国の重要文化財の社殿がある。

昔、杣人(そまびと)が道にまよい、神仏を念じていると、一羽の鳥が米飯をついばみながら、歩いていた。

杣人(そまびと)がその鳥について行くと、山頂に達し、そこで権現様のお姿を拝した。

そこから飯道(はんどう)の名がついたといわれている。

信楽町教育委員会』


今日は山頂まで登る時間が無かったので後日に譲ることにしますが、白鬚明神(しらひげみょうじん)は別途紹介します。