(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2014年11月10日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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野洲市三上 昭和天皇 悠紀斎田


滋賀県野洲市三上にある「昭和天皇 悠紀(ゆき)斎田(さいでん)」です。

斎田(さいでん)」は、『大嘗祭(だいじょうさい)の供え物にする穀物を作る田。悠紀(ゆき)主基(すき)の田。(出典:http://kotobank.jp/word/斎田)』と説明されています。

尚、「大嘗祭(だいじょうさい)」は、『天皇が即位の礼の後、初めて行う新嘗祭。大嘗祭は本来は「おおにえのまつり」「おおなめのまつり」「おおむべのまつり」と読んだが、現在は「だいじょうさい」と音読みすることが多い。(Wikipedia)』ということです。

下記に趣意の今上天皇は昭和天皇の事です。


趣意

天皇御一代一度の大嘗祭(だいじょうさい)に当っては、古来宮中に於て亀卜(きぼく)を行はせられ、悠紀(ゆき)主基(すき)の両斎田(さいでん)を御定めになる習はしであります。

昭和三年(1928)十一月十日、今上陛下の御即位式挙行に際し、悠紀(ゆき)斎田(さいでん)を当県に、主基(すき)斎田(さいでん)を福岡県に勅定(諚)遊ばされたので、当県では現在御上神社(みかみじんじゃ)神饌(しんせん)田になっていゐる田地等を含めて、約一町歩を斎田(さいでん)、太田主を粂川春治に選定して、県民挙って奉耕の誠を捧げて献穀の大任を果たしました。

因って、この意義深い伝統を後世に伝へるため、御上神社(みかみじんじゃ)奉賛会では悠紀(ゆき)地方記念会の協賛の下に、各界からの浄財を募って、この記念碑を建設したのであります。

御上神社(みかみじんじゃ) 宮司 新垣泰由 誌之

昭和四十五年(1980)十一月吉日

― 略 ―』


毎年十一月には、天皇が行う収穫祭である「新嘗祭(にいなめさい)」を各神社で祭礼として行っていますが、本来は天皇陛下の行事として位置づけられていたと説明されています。

御上神社(みかみじんじゃ)の南側の国道八号線を渡ったところに「悠紀(ゆき)児童公園」に鳥居と石碑は立っています。

南に見える山が標高432mの「三上山」で一般には「近江富士」や「俵藤太の大ムカデ退治伝説」から「ムカデ山」として知られていますが、この公園の横の道を山に向かって進めば登山道に続いているようです。

私は良い年をして「大嘗祭(だいじょうさい)」は知っていましたが、このような悠紀(ゆき)主基(すき)の両斎田(さいでん)のことは、この場所で初めて知りました。

何とも恥ずかしい限りです。

史跡などにある説明書きは、良い意味で勉強になります。

寺社にある由緒書きは少々眉唾物も交じっていますが、そこに寺社が存在している以上全部嘘を書いていることも無いだろうと思っています。

これからも時間があれば楽しみながら学んで行きたいと思います。