(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2014年07月14日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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甲賀市信楽町長野 新宮神社


滋賀県甲賀市信楽町長野に鎮座する「新宮神社(しんぐうじんじゃ)(公式HP)」です。

「紫香楽一乃宮」や「紫香楽一宮」と表記されることもあります。

愛宕神社(あたごじんじゃ)陶器神社(とうきじんじゃ)秋葉神社(あきばじんじゃ)は、境外摂社と位置づけられています。

信楽駅からほぼ西方向へのびている道のつきあたりの交差点に鎮座しています。


新宮神社(しんぐうじんじゃ) 由緒

御祭神

   素戔嗚命(すさのをのみこと)

   稲田姫命(いなだひめのみこと)

   大山津見神(おおやまつみのかみ)

新宮神社(しんぐうじんじゃ)は奈良時代の霊亀(れいき)元年(715)九月に創建(そうけん)されました。

それ以来、信楽町大字長野、神山、江田、小川の「産土神(うぶすながみ)氏神(うじがみ))」として広く人々から(とうと)(あが)められ社号として「新宮大明神(しんぐうだいみょうじん)」と呼ばれていました。

これまでに近衛(このえ)関白家(かんぱくけ)を始め、近江の守護(しゅご)佐々貴氏(ささきうじ)等に(あつ)く信仰され、代々当社に境内神領(けいだいしんりょう)などの寄進(きしん)がありました。

南北朝の(いくさ)(1336)の兵火にて消失して再建されたが、その後大風の為、本殿が大破し、寛文(かんぶん)三年(1663)十一月に現在の本殿が再建されました。

明治九年(1876)十月「村社」に、大正二年(1913)四月「神饌(しんせん)幣帛料(へいはくりょう)供進(きょうしん)神社(じんじゃ)」に指定、大正四年(1915)五月、長野字西出と宇川東の二箇所に「山神社(やまじんじゃ)」として「大山津見神(おおやまつみのかみ)」を祀られていたのを、当社に合祀(ごうし)されました。

大正十三年(1924)には「郷社(ごうしゃ)」に昇格。

現代は「紫香楽一乃宮」として篤く崇敬されております。』


信楽と言えば「焼き物」が有名で、狸の置き物は至る所でみられます。

愛宕神社(あたごじんじゃ)陶器神社(とうきじんじゃ)の燈籠や狛犬も焼き物でした。

この新宮神社(しんぐうじんじゃ)も狛犬は焼き物で作られていました。

鳥居をくぐってすぐのところに「信楽陶器感謝モニュメント」があるのですが、私にはあまりその素晴らしさが理解できませんでした。

感謝のためという事です。

境内には太鼓の上に鶏が乗っている焼き物もありました。