(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2021年11月29日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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伊賀市下阿波 芭蕉の句碑と道標


三重県伊賀市下阿波にある「芭蕉の句碑と道標」です。

久々にこの付近に来たのですが、橋から少しばかり入り込んだところにあります。

何度も通りかかっているのですが全く気付いていませんでした。

今回の訪問は誠に有意義であったと思います。

天気が生憎であったので通りかかったときに天気が良ければ写真を取り直したいと思います。


大橋橋詰 芭蕉の句碑と道標

世界最短の詩型である俳句を芸術の位置に高め、世界の三大詩人の一人に数えられる松尾芭蕉(1644 - 1694)は、五十年の生涯の中で、記録上二度、この阿波の土地に足を踏み入れている。

一度目は、上野から新大仏寺(しんだいぶつじ)参拝で、「丈六に かげろふ高し 石の上」の句を作っている。

二度目は、久居からの長野峠越えである。

「わび」「さび」の文字理念の発見した「初しぐれ 猿も小蓑を ほしげ也」をものにしている。

からかさに 押しわけみたる 柳かな はせを

碑に彫られたこの句は、元禄七年(1694)春、江戸芭蕉庵で作られたもので、「炭俵」に収められている。

句意は、「春雨がしとしとと降っている中、唐傘をさして歩いていると、道路に柳の木があった。

枝垂れた柳の梢からは美しい雫がポトリポトリと落ちている。

他の木なら破れてしまうが、柔らかでしなやかな柳の木なら大丈夫だとうと、傘を半開にとじてふと押し分けてみた。」というのである。

伝承によると、芭蕉が大仏のあたりで柳を見たと門人に語ったことを知った地元の有識者が、須原大橋の川端の柳の景に風雅を感じ、大坂の花屋主人の書を得て、建立したと思われるが、真意の程は不明である。

大坂花屋は、芭蕉最後の地である。

碑陰はないが、傍らの道中祈願塔(自然石で高さ2m余りの道標)には、「右 なら 大坂道」と彫られ、正面には「南無阿弥陀佛」と深く掘られている。

台石には、「往来安全 嘉永二年」と在銘があるため、句碑もおそらくその頃の建碑と考えられる。

大橋道標に似たものが、阿波・椋本線の伊賀峠から200mばかりの河内村へ下った所(峠から旧道の方の道で、途中平木越えの間道「脇道」がある)に、2m四方の高さ1m余りの石垣の基礎の上に、2m余りの自然石の道標で、正面に「南無阿弥陀佛」と彫られているものがある。

年代は不詳であるが、大橋の道標と同時代のものであろうと思われる。

須原の里景観整備委員会』

※ 境内掲示より


技術屋なので文学には疎く、ましてや俳句などは理解の範疇にありません。

伊賀市街へ行くと「芭蕉」にまつわる史跡や遺跡がありますし、神社やお寺を訪問参拝していると「句」がかなりの数、見受けられます。

大阪都島の「与謝蕪村」関係の史跡でも同じような反応しかしていないことを思い起こしました。

私には文学の素養は無さそうですね。