(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2021年04月30日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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伊賀市一之宮 大石社〔敢国神社〕


三重県伊賀市一之宮に鎮座する「大石社(おおゆわしゃ)敢国神社(あえくにじんじゃ)〕」です。

広大な境内地を有する敢国神社(あえくにじんじゃ)には数多くの境内社や末社が存在していて鎮座しています。

その中でも特別に説明書きのある末社としてこの大石社(おおゆわしゃ)があります。

それにしてもあちらこちらから合祀しているのですね。


大石社(おおゆわしゃ)について

御祭神

  須佐男命(すさのおのみこと)

  金山比古命(かなやまひこのみこと)

  大山祇命(おおやまつみのみこと)

  大日霊命(おおひるむちのみこと)

  大物主命(おおものぬしのみこと)

由緒

伊賀一宮敢国神社(あえくにじんじゃ)の末社として鎮座創立年代は未詳である。

一之宮より中瀬字寺田に至る道路の左傍に大池あり、池の東方山麓に岩石ありてこれを黒岩といふ。

大石の社名はこの岩石よりつけられたものであらう。

大石社(おおゆわしゃ)獨立時代の祭神は文献もなく知る由もない。

明治四十三年三重県の指令により村内にある津島神社(つしまじんじゃ)琴平社(ことひらしゃ)大石社(おおゆわしゃ)に合祀した社殿は明治四十四年の暴風雨により倒潰したが、大正二年に再建された。

津島神社(つしまじんじゃ)社は元村社で当時来迎寺の南五十米のところ(現在民有地の畑)に鎮座され、境内も広く大鳥居御社殿参集殿など建立されていた。

尚愛知県津島市に鎮座する本宮津島神社(つしまじんじゃ)を崇敬する人々が徳川時代中期より津島講を結成し、その講員は来迎寺(らいごうじ)の檀家衆及び敢国神社(あえくにじんじゃ)の氏子によってその年長者より十一名を定められその活動を現在も存續している。

琴平社(ことひらしゃ)妙慶寺(みょうけいじ)東百五十米東山の上平地に鎮座され津島神社(つしまじんじゃ)と同じやうに鳥居御社殿参集殿なども建立されていたが両社ともその面影は殆ど見当たらない。

香川県のこんぴらさんを崇敬する妙慶寺(みょうけいじ)住職をはじめ講員が現在講を持續している。

御祭典日

  元始祭 一月三日

  春祭 四月二十四日

  祇園夏祭 七月二十八日

  秋祭 十月十五日

昭和六十年吉日

宮司 太郎館本幹 記』

※ 境内掲示より


一之宮ですから私のなじみのある河内国一之宮の枚岡神社(ひらおかじんじゃ)やある摂津国一之宮の住吉大社(すみよしたいしゃ)を想像して参拝に来たのですが、少しばかり場所を間違ったのではないかと思ってしまうようなことがありました。


関連情報レポートリンク

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