(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2020年06月26日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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伊賀市上野恵美須町 臨済宗東福寺派 神護山 山渓禅寺〔山渓寺〕


三重県伊賀市上野恵美須町にある「臨済宗東福寺派 神護山 山渓禅寺(さんけいぜんじ)山渓寺(さんけいじ)〕」です。

門前には古い石標があり「伊賀西国第拾四番霊場」と彫られていますが、既に断絶しているのか情報は見当たりません。

いやはや…、まいりました。

宗派が解りません。

「禅寺」とあるので、私の知識では「臨済宗」か「曹洞宗」のような気がするのですが、何処にも情報が見当たりません。


『市指定史跡

藤堂新七郎家墓所

平成十五年四月二十四日指定

藤堂新七郎家は、藤堂新七郎良勝(よしかつ)(藤堂高虎の従兄弟)を家祖とします。

初代新七郎良勝は、西暦1615年(元和元年)、大阪夏の陣において討死にしますが、その家系は幕末まで代々伊賀附五千石の侍大将(番頭(ばんがしら))を務めます。

墓所は、往時のままの姿をとどめ、歴代新七郎と夫人や子供たちの墓石が配置されています。

二代良精(よしきよ)の子が、松尾芭蕉が若き頃に仕えた良忠(よしただ)です。

良忠(よしただ)は俳号を蝉吟(せんぎん)といい、芭蕉翁は良忠(よしただ)の影響で俳諧の世界に入ったとされています。

ただ、良忠(よしただ)は、1666年(寛文六年)、父に先立って死去したため、墓地も歴代墓所から東南に離れて建てられています。

良忠(よしただ)の子の良長が三代目新七郎を継ぎました。

芭蕉翁は、1688年(貞享五年 - 元禄元年)帰郷の際に(探丸(たんがん))を訪ねて

さまざまの 事おもひ出す 桜かな

との句を詠み、良忠(よしただ)蝉吟(せんぎん))を偲んでいます。

この句に詠まれる桜のある「さまざま園」もまた、市の史跡として顕彰されています。

芭蕉翁生家」「蓑虫庵」など芭蕉ゆかりに遺跡のひとつです。

伊賀市教育委員会』

※ 境内掲示より


こんなに大きなお寺なのに何故なんでしょうか。

不思議です。