(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2019年09月12日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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伊賀市玉瀧 臨済宗大徳寺派 吉祥山 玉瀧禅寺〔玉瀧寺〕


三重県伊賀市玉瀧にある「臨済宗大徳寺派 吉祥山 玉瀧禅寺(たまたきぜんじ)玉瀧寺(たまたきじ)〕」です。

初めての宗派であると思います。

かなり大きな境内であると思います。

由緒や由縁の掲示がありませんので詳細については全く不明です。

ネットには次のような情報があります。。


三重県伊賀市 吉祥山玉瀧寺之由来

玉瀧寺は天平勝宝年間に北伊賀における東大寺荘園、即ち玉瀧荘の中心寺院として開創された。当時は華厳律宗東大寺の末寺であり、荘園の盛衰と共に歴史を刻して来たのである。しかし、決定的な変化は二度にわたる天正の伊賀乱によってもたらされた。織田信雄の軍勢が仕掛けた徹底的な攻略によってさしもの大寺も堂塔伽藍は壊滅し、寺領も僧徒もまた受難の憂き目に遭遇した。

時代は下って徳川時代に入り寛永六から七年にかけて、大徳寺第百七十世特賜清浄本然禅師清巌宗渭大和尚が当地をご巡錫になりその折、地元の人々の帰依により開山となられて紫野の佛法を継承する禅寺に改められた。これが現在の玉瀧寺の創めである。

当山の本堂東之間は清巌禅師のお本像を安置する開山堂になっている。

禅師は千宗旦居士と極めてご昵懇の間柄であったということであるが、清巌禅師のお木像を拝するたびにその謹厳なるお姿には禅機迸る威厳を感得するのである。 』

戸上明道師の軸より抜粋


ネットにあった情報です。

このお寺の印象は前の道を通りかかったときに坊主頭の運転手の軽トラと擦れ違えないのでどうするのかと思っていたら、凄く不愉快になったので「はっきり言って二度とこない」と思っています。

修行のできていない関係者であったのでしょうか。