(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2019年08月24日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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伊賀市古郡 真言宗豊山派 江寄山 明王院 常福寺


三重県伊賀市古郡にある「真言宗豊山派 江寄山 明王院 常福寺(じょうふくじ)」です。

このお寺の近くは意外なことに我が家からの移動の経路には入りにくく南から走っても北から走ってもこのお寺を挟んだ地点で方向を変えてしまうので、通ることが殆ど有りません。

ここを訪問参拝して良かったのは脇の国道沿いに磨崖仏(まがいぶつ)があったことです。

不動山の霊場巡りには日を変えてと思いますが、毎度のことで「いつになるやら」ということですね。


常福寺(じょうふくじ)の由来

当寺は、奈良時代旧伊賀郡役所の所在地であった此地に、養老六年(722)和州豊山長谷寺(総本山長谷寺(はせでら))の開基である徳道上人によって開創され、天平二年(730)聖武天皇に上奏して勅願寺に定められた。

興福寺(こうふくじ)官務帳によれば「僧房十八宇 交衆十人」と、相当有力な寺院であったことが記録されている。

その後幾星霜を経過し、天正伊賀の乱の後は、紀州根来より宥俊法印が入山し元和元年(1615)に当寺を復興。

徳川時代は、藩主藤堂家の保護を受け寺運も挽回し、寛政八年(1796)慶応法印が現在の本堂を造営した。

その後、明治三十四年(1901)光如法印代と、昭和五十五年(1980)に現住職杲深による屋根瓦葺替の大修理を行い現在に至っている。

本尊五大明王は、不動明王(ふどうみょうおう)を中心とした隆三世明王(ごうざんぜみょうおう)軍茶利明王(ぐんだりみょうおう)大威徳明王(だいいとくみょうおう)金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)の総称。

木造等身大の像は、再度の火難・変遷に遭うも明王の威徳により平安朝後期の完全な作品として現存し、明治三十四年には国宝に指定されている(現在は、国指定重文)。

本堂向拝には、藤堂藩の彫刻師・田中岷江作の鳳凰(ほうおう)、象鼻、虹梁(こうりょう)上の龍、蟇股(かえるまた)があり、市の文化財に指定されている。

境内不動山には、安政年間光照法印により四国八十八ヶ所大師霊場、西国三十三所観音霊場を移した石仏二百五十四体が安置され、歩いて巡拝できるようになっている。

御飯石

本堂の北東、不動山の中腹に在る。

鰐口

青山町老川極楽寺より故あって当寺に奉納される。

應永六年(1399)の銘あり。

伊賀最古の鰐口で、平成八年に県文化財に指定された。』

※ 境内掲示より



常福寺(じょうふくじ)

四国八十八ケ所

西国三十三ケ所

お大師様のご修行・民衆救済の実践の道場として開かれた四国八十八ケ所大師霊場、その後霊場巡拝(遍路)の功徳を身近にお受けできるようにと、文化年間、当山主慶正法印山内に本四国の霊場を参拝し、お受けした浄砂を納め石像を安置し、常福寺(じょうふくじ)四国八十八ヶ所を開かれました。

その後安政三年栄祥法印、伊賀一円の篤志を仰ぎ、本尊・大師の石像を追補し、併せて西国三十三ヶ所観音霊場をも整備され、竣工開眼供養目前に遷化されました。

が後住光照法印志を継がれ、安正四年(1857)四月六・七日入仏開眼の法要が厳修されました。

以後近郷の善男・善女・老若を問わず山内を巡り、同行二人精神を養い、ご利益を受けられ今日に至っております。

その後文久三年(1863)伊賀全域に伊賀四国八十八ヶ所を、光照法印の発案により開創されました。

山内一周 千七百米 焼く五十分

安置石仏数 二百十九体

巡る功徳

一度めぐれば 自分に目覚め(発心)

二度めぐれば 懺悔の心(修行)

三度めぐれば 希望の糸口(菩提)

四度めぐれば 報恩感謝(涅槃)

あじのこが あじのふるさと たちいでて

  またたちかえる あじのふるさと

上野市古郡 江寄山 常福寺(じょうふくじ)

※ 境内掲示より



広葉杉(こうようざん)

スギ科の常緑針葉高樹

原産は中国だが古くから日本に植樹されている

伊賀の三大広葉杉の一つで他には滝仙寺(たきせんじ)(伊賀市)・龍性院(りゅうしょういん)(名張市)にある。』

※ 境内掲示より



行者堂

修験道の開祖とされる役行者(えんのぎょうじゃ)を本尊に祀る。

役行者(えんのぎょうじゃ)は飛鳥から奈良時代の呪術者

鬼人と使役するにどの宝刀を持つとされさまざまな伝説を残す

神変大菩薩(じんぺんだいぼさつ)の尊称をもつ』

※ 境内掲示より


境内には鎮守とこの地域の氏神の勝手明神(かってみょうじん)も鎮座しています。

盛りだくさんです。


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