(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2018年09月20日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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亀山市関町木崎 関宿 東の追分・一里塚址


三重県亀山市関町木崎にある「関宿 東の追分・一里塚址」です。


『亀山市関宿伝統的建造物群保存地区

昭和五十八年十二月十日選定

東の追分

関が歴史に登場するのは、七世紀この地に「鈴鹿関」が設けられたのがはじめてで、これが地名の由来ともなっています。

慶長六年(1601)徳川幕府が宿駅の制度を定めた際、関宿は東海道五十三次で四十七番目の宿場となり、問屋場や陣屋なども整えられました。

古文書によると天保十四年(1843)には、家数六百三十二軒、本陣二軒、脇本陣二軒、旅籠屋四十二間があったとされ(東海道宿村大概帳)鈴鹿峠を控えた東海道の重要な宿駅として、また伊勢別街道や大和街道の分岐点として、江戸時代を通じて繁栄しました。

ここ東の追分は伊勢別街道の分岐点で鳥居は伊勢神宮式年の際、古い鳥居を移築するのがならわしになっています。

江戸方への次の宿は亀山宿です。

道標には外宮(伊勢神宮)まで十五里(60km)と刻まれています。』

※ 境内掲示より


一里塚址は、鳥居脇にありますが、面影はありません。

関宿の東端であり、重要なポイントであります。