(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2018年07月26日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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伊賀市柘植町 柘植成田山不動尊


三重県伊賀市柘植町にある「柘植成田山不動尊」です。

私は長年大阪の河内に住んでいたので「成田山」と言えば大阪府寝屋川市成田西町にあり、交通安全のお札を求めてお参りしている人のことしか思い出せませんが、この成田山は駐車場も見当たりません。

交通安全祈願をしてもらえる場所が有りそうにないのですが、幟でお詣りすることができました。

会談を登りきると大きな椎木が眼に飛び込んできました。


成田山椎老木の由来

この椎老木は樹齢約七百五十年余の歳月と風雪に堪え第二次天正伊賀の乱にも戦火を免れ天正十年(1582)六月、本能寺の変で織田信長が遂に果てた。

徳川家康は堺から河内を経て飯盛山(現四條畷)より伊賀を通って急遽三河に逃げ帰り、信長の弔い合戦を守ることで、僅かばかりの備え回りの補えなどで三河までの逃避行を決した。

道中一行がこの寺山(現成田山)の山裾の徳永寺(とくえいじ)で休息をとったと言われている。

この時に、この椎老木に見張りを立て、伊賀の乱直後の世情の中、無事警衛護送をしたと伝えられている。

平成九年十月二十六日

成田山柘植不動講

成田山運営委員会』

※ 境内掲示より


参道階段脇に水仙が咲き誇っていました。

我が家にも移植したいのですが、盗むわけにもいかないので許可を貰えるところを探しています。