(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2018年01月30日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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亀山市関町木崎 関神社


三重県亀山市関町木崎にある「関神社(せきじんじゃ)」です。

伊賀へ越してきても基本的に西の奈良・大阪へ向かうばかりで、分水嶺を超えて東方面に訪問することは殆どありませんでした。

思い立って東へ来たのですが、名阪自動車道が工事中ということで加太トンネルを抜けて直ぐに名阪国道から一般道へ出たのが失敗で、何やら細くて狭い道を辿って関の道の駅にやってきて、関宿の存在に気づきました。

神社にお詣りするのが最初かなと思いました。


関神社(せきじんじゃ)について

神紋

 五七の桐

御祭神

 天照大御神・伊邪那美命・天太玉命・天手力男命・大山祇神・火之迦具土命・菅原道真・木花佐久夜比売命・倭比売命・生井神・石凝姥命・味内宿彌・金山比古命・應神天皇・天児屋根命(あめのこやねのみこと)・月夜見命・天津日子根命・活津日子根命・熊野久須毘命・多紀理比売命・栄井神・市寸嶋比売命・大己貴命・宇迦之御魂命・天宇受売命・天忍穂耳命・天穂日命・多岐津比売命

祭祀

 例祭 七月十六日

建造物

 本殿(神明造)・拝殿・社務所・手水鉢・倉庫

氏子

 坂下・加太・白木一色・鷲山・萩原・福徳を除く関町全域

由緒・沿革

明治五年頃。この神社は熊野皇大神社と呼ばれていた。

昔関氏の祖、実忠が紀伊国熊野坐神社の分霊を勧請したものと伝えられ、境内の(なぎ)の木は、それに縁があるものと思われる。

江戸時代には、熊野三所大権現と呼ばれた。

元和七年(1621)修造、その後寛永十四年(1637)更に元和四年(1739)にも大修理が行われた。

又、明治時代まで新所にも、笛吹大神社があり、江戸期、笛吹大明神と呼ばれ、もと鈴鹿山麓の総社として加行山に鎮座されていたが、文明十一年(1479)各郷が分離して新所村のみの氏神となった。

その他古厨に大井神社、久我に白石神社、宇佐八幡宮等周辺に小祠が多数あったが、明治四十二年七月二十三日に合祀され、同年九月関神社(せきじんじゃ)と改称された。

昭和二十七年十二月一日「宗教法人」関神社(せきじんじゃ)となった。

夏祭り

 毎年七月二十日すぎの土・日曜日に、神輿渡御・山車曳きが行われる。』

※ 境内掲示より


再訪問したいと思います。


関連情報レポートリンク

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