(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2017年12月20日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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津市一身田町 一御田神社


三重県津市一身田町に鎮座する「一御田神社(いちみたじんじゃ)」です。

専修寺(せんじゅじ)太鼓門(たいこもん)からすぐの道を進むとこの神社が鎮座していました。

専修寺(せんじゅじ)の印象が衝撃的であったのですが、周辺を散策してみてここに至りました。

周辺に他に神様は見当たらないのですが、説明書きがありました。


一御田神社(いちみたじんじゃ)

この神社は、原始時代に農業集落であたころからの鎮守で、農耕と水の神を主神とし、向かって右側の社殿には天満宮(菅原道真公)をお祀りしています。

当社には室町時代に、祭礼に用いた能面や、田楽の楽器(ささら)、それに古い棟札などが宝物として伝えられていますが、そのうち最古の棟札は嘉吉三年(1443)のもので、36軒の農民がこの神社に奉仕していたことが記されており、専修寺(せんじゅじ)が建てられる以前の一身田村の姿をしのばせます。』

※ 境内掲示より



『津市指定有形文化財 歴史資料

一御田神社(いちみたじんじゃ)神宝類 27点

所有者 一御田神社(いちみたじんじゃ)

指 定 昭和三十四年五月七日

能面 一面

室町時代

大きさは縦 21.2cm、横 15.8cmです。痩せた翁の面で、目の周囲を大きくくぼませて目尻を下げ、瞳に四角の孔を開けています。鼻は大きく笑うように口を開けています。頭骨が高く頬がこけ、額に皺を刻んだ写実的な面です。能がまだ神事芸能としての性格を持っていた頃のもので、能面の形式が定型化する以前のものです。

(ささら) 二組

室町時代

大きさは長さ 75cm と 10cm です。雌竹の手元約3分の1を残して鋸歯状に加工したものと、細かく縦に割ったものをを1組にしてこすり合わせて音を出す楽器で、明応四年(1495)の銘があります。

田植歌(たうえうた) 一枚

室町時代 - 江戸時代

檜の横板に「大梵天天皇御田歌」と墨書され、田植歌が書かれています。この歌は、室町時代の歌詞をそのまま伝えるもので、現在も御田植神事の際には神職がこの歌詞を読み上げています。

棟札(むなふだ) 二十二枚

室町時代 - 江戸時代

すべて檜材でできており、嘉吉元年(1441)から寛政十二年(1800)までの銘があります。なかでも嘉吉三年(1443)の棟札には「信心村人(氏子)35軒)の存在が書かれており、一身田に専修寺(せんじゅじ)が移ってくる以前の様子を伝えています。

扁額(へんがく) 一枚

明治時代

大きさは縦 75.7cm 、横 30.3cm です。大師流によって「梵天宮」と書いた字を銅板にくりぬき、板に打ち付けたものです。板は明治時代に新しくされたもので、裏に明治四年(1871)に社名を一御田神社(いちみたじんじゃ)に変更したことが書かれています。

津市教育委員会』

※ 境内掲示より


寺内町ということですが興味津々です。

訪問参拝する価値は大いにあります。


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