(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2017年11月19日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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伊賀市予野 西出観音堂


三重県伊賀市予野にある「西出観音堂(にしでかんのんどう)」です。

「予野の史跡図」を見ていてこのお堂に気が付いていたのですが、アクセス経路が解りませんでした。

思い切って村落へ入る狭い道を登って来ると公民館があり、その裏側に階段が見えたのでようやくお詣りができました。

観音様はカーテンで見えませんでしたが、また寄ってみます。


西出観音堂の由来

西出の観音さんは此処に伝わる「観世音畧縁起」によれば奈良時代の聖武天皇の神亀五戌辰年(728)に高僧・行基によって開かれた観音堂である。

大和長谷寺(はせでら)の御本尊と同じ十一面観世音菩薩を本尊として奉られている。

以来、千二百七十以上も十一面観世音菩薩の御利益によって、西出小場が火事や悪病から免れ、西出小場の人々によって奉り続けられてきた、

しかしながら、天正九年(1581)の伊賀兵乱の時、敵方の暴徒によって、池の中に投げ込まれた。

その折、池の中から光を放っていたのを村人によって拾い上げられ、元の座に祀られた。

その後四百年余度々、堂の改築・修理、灯篭・鐘の寄進がなされてきた。

大和長谷寺(はせでら)の御本尊と同じ十一面観世音菩薩であれば、長谷寺(はせでら)までお詣りできない足腰の痛む者、年寄・子供も、また、西出小場の人々のみならず、近隣のすべての此処にお参りする人は必ず御利益を受けるであろう。

平成十六年(2004)一月、百二十年前の明治十七年甲申年(1884)に書き換えられた「観世音畧縁起」が発見され、新たに清書された「観世音畧縁起」が奉納された。

日々安穏に過ごせるのは観音さんを信じる心の現れであろう。

合掌

平成十六年(2004)四月

西出小場』

※ 境内掲示より


参道に真実の口が有りました。

更にお堂の奥に「若宮八幡宮跡」とあるのですが、次の機会に探してみます。

「金比羅さん」は、なかなか発見できません。


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