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(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2017年10月10日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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伊賀市長田 天台真盛宗 紫雲山 西蓮寺の指定文化財


三重県伊賀市長田にある「天台真盛宗 紫雲山 西蓮寺(さいれんじ)の指定文化財〔西蓮寺(さいれんじ)〕」です。

国・県・市の文化財に指定されているものが数多くあるようです。

大きな境内域を有数るお寺です。

秋には紅葉が奇麗な景色を見せてくれますし、東方向を望むと伊賀上野城が見えます。

伊賀上野氏は山間部だと思っていた私はこれだけの水田があるとは夢にも思いませんでした。

 
西蓮寺(さいれんじ)の指定文化財
指定品 備考
国重要文化財 絵画 絹本着色藤堂高虎像(けんぽんちゃくしょくとうどうたかとらぞう)

明治三十九年四月十四日指定


 掛軸装(かけじくそう)で、画の部分は縦 1m 、横 60.6cm です。中央に衣冠束帯(いかんそくたい)の高虎が描かれ、上部に天海僧正(てんかいそうじょう)の墨書があります。
県絵画 絹本着色星曼荼羅図(けんぽんちゃくしょくほしまんだらず)

平成四年二月二十一日指定


 縦 62cm 、横 42cm の掛軸装(かけじくそう)で、平安時代から鎌倉時代にかけての作と推定される星曼荼羅図(ほしまんだらず)の貴重な違例です。
県書跡 紙本墨書真盛自筆消息(しほんぼくしょしんせいじひつしょうそく)

昭和四十六年三月十七日指定

 縦 25.5cm 、横 46.8cm 掛物仕立てです。
 真盛聖人(しんせいしょうにん)から弟子の盛伝にあてた手紙です。
県史跡 真盛廟(しんせいびょう)

平成七年三月十三日指定


 明応四年(1495)二月にこの地で入寂した天台真盛宗の宗祖真盛聖人(しんせいしょうにん)の埋葬地です。
 現在の建物は、元禄十一年(1698)に再建されたことがわかり、この覆堂(おおいどう)によって墓所としての形式が整っています。
県史跡 西蓮寺(さいれんじ)供養塔(くようとう) 三基

昭和十五年九月二十四日指定


 薬師堂(やくしどう)の南にある三基の五輪塔です。地輪の刻銘から真盛聖人(しんせいしょうにん)、御土御門院と院の第二子不遠院殿尊盛(ふおんいんでんそんせい)供養塔(くようとう)であることがわかります。
県文化財 木造薬師如来坐像(もくぞうやくしにょやいざぞう)

平成十九年三月二十七日指定


 薬師堂(やくしどう)の本尊で像高 104.5cm 檜の割矧造(わりはぎづくり)
 平安時代後期、十二世紀中頃の作とみられます。
県文化財 木造阿弥陀如来坐像(もくぞうあみだにょやいざぞう)

平成十九年三月二十七日指定


 像高 97.9cm 檜寄木造(ひのきよせぎづくり)
 本堂須弥壇(しゅみだん)上に安置されている
市絵画 伝如来荒人像(でんにょらいこうじんぞう)

昭和六十三年三月十七日指定


 縦 170cm 、横 73cm の掛軸装で、通常の如来荒人像(にょらいこうじんぞう)とは異なる異形の像が描かれています。
市書跡 医王山(いおうさん)西蓮寺(さいれんじ)眺望詩ならびに八景吟(さいれんじ)

昭和六十二年四月二十八日指定


 貞享五年(1688)に廃人大淀(おおよど)三千風(みちかぜ)西蓮寺(さいれんじ)を訪れ、竹馬の友である真能上人に贈ったものです。
市史跡 服部土芳墓所(はっとりどぼうぼしょ)

昭和三十八年四月一日指定


 芭蕉の高弟で「山草子(さんそうし)」、「庵日記(あんにっき)」、「横日記(よこにっき)」などを著し、蓑虫庵(みのむしあん)の主でもあった服部土芳(はっとりどぼう)の墓です。
市史跡 藤堂元甫墓所(とうどうげんぼぼしょ)

昭和三十八年四月一日指定


 「三国地誌(さんごくちし)」の編纂や芭蕉の遺物・遺跡の保存など伊賀の文化に多くの功績を遺した藤堂元甫(とうどうげんぼ)の墓です。
市文化財 西蓮寺(さいれんじ)鐘楼門(しょうろうもん)

上野市文化財建造物


 元文四年(1739)常念仏三万5千日回向記念に建立。
規模構造
木造建造物 棟高 7.8m 、入母屋造一重二階・高欄付き回縁、三軒一戸四脚門・本瓦葺楼上に大徳寺清巌和尚の書「医王山」の扁額あり
市文化財 三代采女寵綢寄進の水鉢

上野市文化財建造物


 宝永五年(1708)当寺修行の三萬日念仏に初代采女五十回忌追福の為に当寺へ寄進
上野市文化財

伊賀上野城々家老

藤堂采女(とうどううねめ)家歴代墓所

上野市文化財建造物


 平成三年から六年にかけて墓地整備・墓地改装によって北側五基(初代藤堂采女元則・藤堂采女元則室・藤堂櫂平)「元住の子」・藤堂長門元光「元住の子」・二代藤堂采女元則)を残して現在地に二十四基移転この墓所には初代伊賀上野城代職藤堂采女元則以下九代城代職元施迄計二十九基がまとまって所在する中に伊賀地域最大級の墓碑が有る。
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訪問参する価値あるお寺であると思います。