(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2017年08月29日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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伊賀市伊勢路 初瀬街道 伊勢地宿


三重県伊賀市伊勢路に鎮座する「初瀬街道(はせかいどう) 伊勢地宿(いせぢしゅく)」です。

今ではひなびた街道筋ですが大いに賑わったということですね。


初瀬街道(はせかいどう) 伊勢地宿(いせぢしゅく)

初瀬街道(はせかいどう)とは、江戸時代に大阪や京都方面から伊勢神宮(いせじんぐう)にお参りする人々が、歩いて通った道のことをいいます。

昔の人は、全国的に「一生に一度はお伊勢参(いせまい)りがしたい」という願望(がんぼう)があり、その人たちは(こう)という旅行団体(りょこうだんたい)をつくり、旅の途中(とちゅう)宿場(しゅくば)といわれたところに泊まりました。

ここ伊勢地(いせぢ)宿(しゅく)は(現在は伊勢地(いせぢ)初瀬街道(はせかいどう)中最大の難所(なんしょ)といわれた青山(とうげ)西麓(にしふもと)に位置していたため、この地で一夜の宿を求める人が多く、20軒ほどの旅籠(はたご)街道(かいどう)の左右に軒を並べていました。

宿場(しゅくば)の中央には文政十一年(1828)に建てられた大きな常夜灯(じょうやとう)が残され、徳田屋(とくだや)大和屋(やまとや)角屋(かどや)の建物は、江戸の昔の情緒(じょうちょ)を今も(ただよ)わせています。

この宿場(しゅくば)には毎夜数百人の泊まり客があったと言われ、青山(とうげ)東麓(ひがしふもと)に位置した垣内(かいと)宿(しゅく)と同じく、初瀬街道(はせかいどう)ではもっとも大きな宿場(しゅくば)町でした。』

※ 境内掲示より


宿場に沿って流れ、宿場外れで木津川に合流する青山川の澄みきった水は感動ものです。


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【初瀬街道周辺の史跡・寺社仏閣 一覧】

〔別名:青山越初瀬街道・阿保越初瀬街道・参宮表街道・参宮北街道〕


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【地域名所案内図(マップ)】