(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2017年06月09日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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伊賀市北山 真言宗豊山派 上津山 宝珠院


三重県伊賀市北山に鎮座する「真言宗豊山派 上津山 宝珠院(ほうじゅいん)公式HP〕」です。

隣接して比々岐神社(ひびきじんじゃ)が鎮座しています。

境内地の境界が解りにくいのは毎度の事です。

伊賀へ越してきてからお寺も参拝するようになりました。


手水鉢

この手水鉢は約三百年昔天和三年上野の菊岡某氏が鹿島宮に奉納し永く比々岐神社(ひびきじんじゃ)で、人々に親しまれて来たが今回、手水鉢を取り換えられるに当り、由緒を惜んで当院に移し、之を後世に伝える。

昭和五十三年十二月吉日』

※ 境内掲示より



鐘楼之碑

今から約三百年の昔、宝珠院中興代三世住職鏡宥は諸国を托鉢し、十数年をかけて鐘楼を建立した。

その鐘声は永く上津の人々に親しまれて来たが、昭和十八年大東亜戦争のために献納された

その後三十余年にわたり心ある人々がその復興を願っていたところ、偶々下川原の福持政次郎翁が病気全快を鐘楼を建立することとなり、浄財を寄進し、労力を奉仕して、ここに落成をみたのである。

決して豪壮ではないが、心のこもったこの鐘楼の由来を記して、之を永く後世に伝える。

時あたかも、弘法大師ご誕生記念の秋千二百年奉賛

昭和四十八年11月二日

小島白洲 謹書』

※ 境内掲示より



『青山町有形文化財

法華経 八巻

紙本版経

二巻重複 四巻欠巻

宝珠院 所有

昭和三十二年四月一日指定

青山町教育委員会』

※ 境内掲示より


大阪のお寺は門が閉じていることが少なくなかったのですが、こちらは開放的なお寺が多くて参拝出来ます。

参拝した日は隣接して鎮座している比々岐神社(ひびきじんじゃ)の祭礼日だったようで、帰路に何やら軽トラックに積み込んだ一団が戻ってくるのと出会いました。

無縁墓がこのように積み上げられているのはよく見かけますが、水子地蔵なのでしょうか。

私は水子地蔵は好まないので、珍しいなとしか思いませんが、少しばかり変わったデザインであると思います。


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