(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2017年06月07日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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名張市丸之内 名張城下町(陣屋町)マップ


三重県名張市丸之内にある「名張城下町(陣屋町)マップ」です。

近鉄大阪線名張駅の北側地域は主なエリアになります。


『名張の城下町の形成は、1585年に伊賀の国主となった筒井定次の家臣であった松倉氏が名張地区の中央台地に名張城を築いた事から始まります。

その後1636年、伊予国今治はら来住した藤堂高吉により本格的な城下町建設が行われました。

名張城の跡地に名張藤堂藩邸を配置し、その下を流れる川を「城下川」と名付け、外堀の機能を与えています。

また、伊予から連れてきた多数の家臣と商人、職人を町に居住させました。

そして外敵の進攻を阻む戦術から、鍵型に屈折した町筋や用水路をつくり、御殿がある高台には竹藪を張り巡らすなそ、小規模ながら城下町(陣屋町)としての形態をもつまちづくりがなされました。

現在でも藤堂家邸の一部や寿永神社に移築された御殿の正門である太鼓門、城下川、鈎型の町筋や用水路、竹藪や石垣の跡など往時の面影が残ります。

また、名張は初瀬街道の宿場町としても発展し、軒を並べた商店も繁栄する町となりました。

今も残る初瀬街道のまちなみはこの頃形成されたものと考えられています。』

ここは伊賀市

福川(ふくがわ)

興味深い地域です。

じっくりと廻ってみます。


関連情報レポートリンク

【地域名所案内図(マップ)】