(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2017年02月02日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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津市稲葉町 茶屋の道標と常夜燈


三重県津市稲葉町にある「茶屋の道標(どうひょう)と常夜燈」です。

国道163号線経由で伊賀方面に戻る積もりで、途中の史跡や寺社仏閣に参拝していたのですが、

津市美里町五百野に鎮座する大龍神神社で場所を完全に特定できたので、地形図を見て最も近い鳥居マークを目的地に向いました。

長野川「●●橋(追って確認に行きます。)」北詰の分岐点の「道標(どうひょう)地蔵(じぞう)」でその神社が稲葉神社(いなばじんじゃ)で、川沿いに南へ向かったので大回りしただけという事が解りました。


『津市指定有形文化財

茶屋(ちゃや)道標(どうひょう)

この街道(かいどう)は古くから奈良・上野方面から伊勢へつながる最短の街道で、「奈良道(ならみち)」と呼ばれていました。

この街道(かいどう)は、古くは鎌倉時代(かまくら)初期に奈良東大寺(とうだいじ)大佛殿(だいぶつでん)再建(さいけん)の中心になった「俊乗房(しゅんじょうぼう)重源(ちょうげん)」が伊勢神宮参拝のためにこの道を通った記録が残されています。

また、江戸時代には日本地図を作製した「伊能(いのう)忠敬(ただたか)」が測量のため、この地に宿泊(しゅくはく)しています。

この道標は、花崗岩(かこうがん)製で、三面におおきく「右さんぐう道・すぐ津道(つみち)・左ならおおさか道」、残りの面に天明六年(1786)に伊賀(上野)の油仲買仲間(あぶらなかがいなかま)によって建てられたことが刻まれています。

建てられた場所は、奈良道(ならみち)津道(つみち)分岐点(ぶんきてん)にあたり、江戸時代には旅籠(はたご)があり、明治時代まで宿場(しゅくば)として栄えていました。

― 消えているのか消されたのか何かが書かれていたことしかわかりません。 ―

管理者 稲葉町北出自治会

津市教育委員会』

※ 境内掲示より


土地勘が無く行き当たりばったりでしたが、ラッキーでした。