(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2016年12月08日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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名張市安部田 真言宗豊山派 八幡山 宝泉寺


三重県名張市安部田に鎮座する「宝泉寺(ほうせんじ)」です。

このお寺を訪問した時には何やら寄り合いがあるようで檀家衆が大勢集まっておられました。

住職さんが声をかけてくださって、何とも気さくな方です。

伊賀名張へ越してきて何だろうと思っていた四本柱に屋根のある石仏が「こうぼうさん」であることも住職の奥さんに教えてもらえて大感激です。

第五十番 八幡山(やはたざん) 弥勒院(みろくいん) 宝泉寺(ほうせんじ)

名張市史によれば、当山は文化十二年(1815)二月の火災で本堂、庫裡など全焼し古記録類等残存せず縁起の詳細は不明であるが、中興第一世祐真をまつる五輪塔が現存し「弘治元年(1555)九月十八日、年八十二」の銘があるところから、室町末期(1450 - 1570)に再建中興されたことは確かであると記されている。

本山長谷寺(はせでら)の直末寺で談林(寺院の学問所)の資格を有し、十ヵ寺以上の末寺があったという。本尊の千手観音は往古坂ノ下の千福寺(せんぷくじ)より移されたといわれ、千福寺(せんぷくじ)は建保二年(1214)「東大寺(とうだいじ)領庄々田数注文」に寺畠一段と出ている。

前述の火災で「焼失」と「難を免れた」の二説あるようだが、古来より当山は本尊に千手観音を奉じていたことには変りはない。

現在の本堂は明治三十六年(1903)に造営されたもので、本尊千手観音に脇侍として持国天、増長天、広目天、多聞天の四天王を安置。

境内の不動堂は、末寺の中泉寺(ちゅうせんじ)が明治初年廃寺の際、当山へ移されたもので不動明王を祀る。

鐘楼堂の梵鐘は昭和二十三年に新造され奉納されているが、以前のものは享保年間(1716~36)奉納五位田村杉田六兵衛の銘があったという。』

三重四国八十八所霊場HPより

またゆっくりと訪問したいと思います。


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