(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2016年08月07日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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名張市夏見 史跡 夏見廃寺跡


三重県名張市夏見に鎮座する「史跡 夏見廃寺(なつみはいじ)跡〔公式HP〕」です。

伊賀へ越してきて最初にやってきた史跡ですが、例によって資料館と礎石に説明書きという構成で私には知識が無いので想像力でというわけにはいきません。

周辺は公園になっていて春には見事な桜のトンネルができます。

絵で描かれてもやはりそれで理解するのは大変です。


史跡 夏見廃寺(なつみはいじ)

夏見廃寺(なつみはいじ)は、名張川の北約300mの名張市夏美字赤坂に所在する古代寺院跡である。

遺跡は丘陵南斜面に立地し、主要堂塔は斜面を整地して建てられている。

斜面中央部に金堂を、東に塔を南面して配置し、金銅西南の斜面下方に講堂を配置する地形的制約を受けた変則的な伽藍配置となっている。

金堂は、河原石による乱石積の基壇上に、身舎・廂ともに桁間三間、梁間二間の特異な平面型を示す礎石が配置されている。

塔は金堂と同様の乱石積基壇で上面の礎石配置から、塔の初層が一辺5.3mの方形で、柱間が三間の等間隔に復元できる。

中央に残る心礎には上面に円形の舎利孔がある。

講堂は、河原石により化粧された基壇で、基壇上の礎石配置から桁行七軒、梁間四間の規模の大きい南北棟の建物が復原できる。

以上の主要堂塔は、火を受けた痕跡があり、焼失年代は出土土器から10世紀の末頃と推定されている。

出土遺物のうち、軒瓦の制作時期に金堂と塔・行動に差がある。

金堂は七世紀末葉の特徴を持ち、塔・講堂は八世紀前半頃に位置付けられる。

●仏(せんぶつ)は、六種類出土しているが、特に大型●仏(せんぶつ)の断片に眷族像の表情豊かな顔面部分や「甲午年●●中」と記載された造像銘の一部分がある。

甲午年は694年にあたり大型●仏(せんぶつ)の政策年代を示している。

夏見廃寺(なつみはいじ)の創建を伝える資料として「薬師寺(やくしじ)縁起」に大来皇女が父、天武天皇の菩提を弔うために伊賀国名張郡に「昌福寺(しょうふくじ) 字夏見」を建立したとの記載があり、本寺がこの昌福寺(しょうふくじ)である可能性が極めて高い。

このように夏見廃寺(なつみはいじ)は、金銅の特異な建築様式や各種の●仏(せんぶつ)の出土など、大和の中央勢力との深い結びつきを物語る寺院であり、学術的にも極めて高い価値を有している。

(平成二年三月八日指定)』

※ 境内掲示より


情報量が少ないと礎石と説明文だけでは寂しいですね。


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