(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2016年02月29日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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伊賀市東条 孝子留松之碑


三重県伊賀市東条に鎮座する「孝子留松之碑」です。

ここを通りかかることが少なくなく、何やら石碑があるなと思っていたのですが、タイミングと天候などが撮影するチャンスがありませんでした。

なんとなく停まってみてという事になりませんでした。

一体何の石碑かなと思っていたのですが、説明文を読んでみて混乱しました。


孝子 留松

安永四年(1775)上野市東条の農家の祖父忠七、母小りん、婿養子佐吉の次男として生まれた。

父の佐吉は、難病小りんや祖父忠七、幼い留松などを残して旅に出たまま帰らなかった。

残された留松にできることは、物乞いだけである。

父が出た後病気になった祖父と母の看病をして物乞いに歩き、病気の母や祖父に与えていた。

留松九歳の時、高校の甲斐も無く母は他界した。

これらの行いが、藩主の耳に達し天明三年(1783)上野城に召され、お褒めの言葉と米五俵を賜った。

寛政元年(1789)十五歳に達した留松に米十俵賜ったと言うが、留松一家の最後は詳らかではない。

この留松の孝行を顕彰するため、東条の人たちが明治四十一年「孝子留松之碑」を建立したのである。

贈 稲森 伊三男』

※ 境内掲示より


私には「意味不明」かつ「理解不能」の内容なのですが…。