(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年12月12日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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伊賀市上野愛宕町 愛宕神社


三重県伊賀市上野愛宕町に鎮座する「愛宕神社(あたごじんじゃ)」です。

私は神社の裏側から参拝したように思うのですが、この鳥居は正面ではなさそうです。

伊賀上野周辺の町並みの中には数多くの神社が鎮座しているようですが、それだけ人口密度も高いという事なのでしょうか。

残念ですが道は少し細いので徒歩か自転車を利用するべきでしょう。


『県指定文化財・建造物

愛宕神社(あたごじんじゃ)本殿

本殿には、元和二年(1616)大壇那藤堂高虎の棟札があり、同年の造営と考えられる。

桁行五間、梁間二間、入母屋造、向拝三間で向拝には軒唐破風がつく。

屋根は檜皮葺であったが、後に銅板葺に改め、軒は二軒繁垂木とする。

平面は正側三方を縁にして擬宝珠高欄をめぐらしている。

本柱は総円柱で、土台、縁長押、内法長押、頭貫で軸部を固め、組物を出三斗とする。

木鼻に隅柱だけでなく柱頭に丸彫の獅子、象、竜を入れ、正側三面には中備として蟇股を入れ、向拝にも彫刻的要素を多用している。

全体に極彩色を施し、彫刻を見せ場とした華やかな作風は、この時代の代表的な建築である。

(昭和三十七年二月二十四日指定)

伊賀市教育委員会

※ 境内掲示より



愛宕神社(あたごじんじゃ)由来記

當愛宕神社は伊賀の国原が生み成された神代のむかし、朝日●に生●火産霊大神の磐境であり、市杵島姫命、猿田彦命、櫛御気野命、廣国神押武金日命の神々を斎き祀り

これらの神々を総て阿多古大神と称し奉る古代神祇の神籠である。

神域は天正九年兵火に焼かれて廃塵に帰したが、乱後修験行者小天狗清蔵坊の勧進によって再興をみるに至った。

折柄、伊賀の領主藤堂和泉守高虎公が城郭普請をはじめるにあたり、巽の方位に鎮守する地主神の神威を畏れかしこみて十余石の神領を寄進し国土安穏の祈願所として制札を下賜されてより以来毎年国中より、初穂米三十二石の供饌が行われ領民ならびに近国の崇敬厚く神威赫々たるものがある

明治維新ののち祀典は神饌幣帛供進の儀定あって村社の神格に列せられた

神殿は桁間五間、梁間二間、向拝三間の檜皮葺き、単層入母屋造りで唐破風の向拝を配する権現造りの形式を備えた、江戸初期の建造物として昭和三十七年二月十四日県教育委員会より文化財の指定をうけた。

昭和五十九年十月吉日』

※ 境内掲示より(注意:文字判別が難しく読み謝っている箇所がありそうです。)


愛宕神社(あたごじんじゃ)は至る所に鎮座していますが、殆どが境内社や摂社でした。

其々の神社が稲荷神社(いなりじんじゃ)同様に勧請した結果という事なのでしょうか。

ここまで規模の大きな愛宕神社(あたごじんじゃ)に参拝したことは殆どありません。

車を鳥居前に駐車しているのでゆっくりとする時間がありませんでした。

再訪問することにします。


関連情報レポートリンク

【伊賀 神社参拝案内 一覧】〔名張市〕・〔伊賀市〕