(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年10月22日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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伊賀市諏訪 諏訪神社


三重県伊賀市諏訪に鎮座する「諏訪神社(すわじんじゃ)」です。

伊賀から信楽方面へ向かうのに狭くて曲がりくねった道を登って来ると途中に集落に出る場所があり、そこが諏訪になっています。

数回通りましたがこの諏訪神社(すわじんじゃ)には気が付きませんでした。

信楽方面の伊賀市丸柱にも諏訪神社(すわじんじゃ)が鎮座しています。

コリドールロードを登って来ると伊賀市西高倉に高倉神社(たかくらじんじゃ)が鎮座しています。


諏訪神社(すわじんじゃ)略誌

祭神

  大巳貴命(おほなむちのみこと)

  健御名方命(たけみなかたのみこと)

  八坂入姫命(やさかのいりひめのみこと)

信濃国諏訪大社(すわたいしゃ)と同祭神にして富貴円満御願成就諏訪信仰を今に伝える諏訪地区三百数十戸の氏神

古代の霊地笹ヶ岳を望む真諒山長楽寺(ちょうらくじ)の境内に朱雀帝(930 - 945)の頃甲賀三郎兼家と申す者、自己崇敬の諏訪大社(すわたいしゃ)を信州より勧請したと伝える古社にして天正伊乱後、明暦三年(1657)現本殿を再興、明治初年(1912)長楽寺(ちょうらくじ)を廃し、同四十一年地区内神社を合祀し合せて境内整備に努力を務め今に至る。

文化十三年(1816)伯家神道長官資延王扁額奉納あり』

※ 境内掲示より



『上野市指定 天然記念物

諏訪神社(すわじんじゃ)の大杉の由緒記

当神社は朱雀帝(930 - 945)の頃、真諒山長楽寺(ちょうらくじ)の境内に甲賀三郎兼家と申す者、自己崇敬の諏訪神社(すわじんじゃ)を信州より勧請したと伝えられ、天正の乱後の明暦三年(1657)本殿を再興、大正二年(1913)長楽寺(ちょうらくじ)を廃し、後年地区内神社を合祀、今日に至っている。

平成五年十一月、環境庁が行なった巨樹、巨木調査の結果、伊賀地方での巨木といわれ、地上の八.六米のところで大幹と小幹に分岐しているとことから地域では伊賀一の夫婦杉と称し、保存管理している。

樹齢約四百年と推定され、この巨木の岩根の規模など虚空にそびえたつ様は幾百年の星霜に耐えてきた御神木として古く神社の歴史を物語っている。

  • 樹高四十六米、地上一.五米での樹幹周囲六.一八米

  • 直径、長径二.一八米、短径一.四七米、根元樹幹周囲七.四米

  • 上野市指定 平成七年四月二十七日

諏訪文化保存会』

境内掲示より


そう言えば国道のバイパス工事のトンネルが掘られているようですが、国道筋の伊賀市三田に三田神社(みたじんじゃ)前は通らなくなるようです。

この国道はバスも走っていますし、今は工事用のトラックも来ますので伊賀方面へはコリドールロードを利用することの方が良いと思います。

伊賀から信楽へはコリドールロードから多羅尾の御斎峠(おときとうげ)経由で向かうのが徒歩では坂が少しでも緩やかであるのかもしれません。

伊賀と甲賀が別の県に属しているのは歴史を知ると少し違和感があります。


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