(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年07月11日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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津市白山町川口 白山比咩神社


三重県津市白山町川口に鎮座する「白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)」です。

松阪へ訪問した帰路に前を通りかかったので折角なのでお参りさせていただきました。

国道沿いの鳥居から歩いてなんてとてもじゃないけど午前中に行かないと少々大変そうですが、今のように車も無い時代に良くも悪くもなく、参拝したものだと感心してしまいます。

人間とは恐ろしい力を秘めているのでしょう。


川口 白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)

一志郡白山町大字川口字山尾田七一二〇番地に所在。

総本社は石川県石川郡鶴来(つるぎ)町にあり、古来加賀の国の一宮と言われている。

菊理媛命(きくりひめのみこと)伊弉諾命(いざなぎのみこと)伊弉冊命(いざなみのみこと)を祀り、これを白山権現(しらやまごんげん)という。

一志郡七白山中、この三尊を祀るは当社のみをもって、古来、正白山という。

本殿は慶長二十年(1615)に建立され、一間社(いっけんやしろ)隅木入(すみきいり)春日造(かすがづくり)軒唐破風(からふうはふ)(つき)屋根桧皮葺の建物と元亀四年(1573)銘の石造灯籠(とうろう)があり、貴重な特色のある県指定文化財である。

その他「山尾田輿廃記」万治二年(1658)の記録に種々伝えられている。

白山町』



白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)

御祭神

菊理媛命(きくりひめのみこと)

伊弉諾命(いざなぎのみこと)

伊弉冊命(いざなみのみこと)

他十六神を合祀

沿革

御鎮座年月は不詳であるが、白山権現としての御鎮座は、人皇第五十代桓武天皇の御代と言われている。

往昔は、本社三社、十二社長宮、神楽殿、拝殿等厳しく建て、山内西方に八幡社、山内北方に愛宕社、山内巽方に八王子社の末社があった。

織田信長と多気国司北畠との戦いのため、北畠氏の御祈祷所であった当社は、永禄十二年七月十三日、兵火に羅り、本殿三社中二社及び附属建物宝物等を悉く消失する。

その後、津城修理のため信長公の舎弟織田上野守に当山の大樹巨石を運び去られる。

慶長二十年前身本殿の御遷宮、寛文二年現在の本殿を再建する。

享保八年、寛延元年、文政二年、天保九年、明治十年に本殿屋根の葺き替えをする。

明治四十一年二月二日川口地区内の無格社十二社を合祀する。

川口井生両村の産土神であったが、一村一社の定めにより明治四十一年三月二十四日井生地区は氏子替えする。

明治四十四年本殿の檜皮葺屋根を銅版葺に葺き替える。

昭和十五年紀元二千六百事業をして拝殿を再建する

昭和三十一年一二月五日春日造本殿一宇と石燈篭一基が三重県有形文化財の指定を受ける。

昭和六十、六十一年、本殿修復工事をし、本殿に覆屋をつける。

平成六年十月十日大鳥居を建立する。

周辺整備をし、平成二十四年十月二十八日本殿再建三百五十年祈年祭を斎行する。

別社

平和之宮 戦争犠牲者百五十六柱の御英霊

社務所』


国道からかなり登った山頂付近に鎮座しているのですが、重機も無い時代によくもこの地に鎮座させ参ったなと感心するばかりです。

境内には真言院も同居し、子売岩(子授岩)もあるのですが、鹿や猪除けなのでしょうか、ネットで区切られています。

野生動物がかなりの数生息しているという事でしょう。

最近では増えすぎでジビエ料理を喧伝しているようですが、山へ分け入る人が少なくなっているのか、それとも人口減少で山間部に住む人が少なくなってきたという事でしょうか。


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