(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年04月20日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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伊賀市島ヶ原中矢 高坂神社


三重県伊賀市島ヶ原中矢に鎮座する「高坂神社(たかさかじんじゃ)」です。

この神社は地形図で存在を確認していましたが、かなり登り詰めた山中に鎮座していることが解っていたので、訪問するのは相当先になるだろうと考えていました。

通りかかった時に前を走っていた車が、高坂神社(たかさかじんじゃ)の号標のある道を登って行ったので着いて行きました。

残念ながら前の車は少し上ったところの住人でしたが、なんとか辿り着きました。


高坂神社(たかさかじんじゃ)の由緒

この高坂神社(たかさかじんじゃ)は、吾々の先祖、中矢村民の産土神として上高坂の地に鎮座し、疫病除け又災厄除けの霊験あらたかな神として村民の深く崇敬するところであり、現在の中矢区はこの高坂神社(たかさかじんじゃ)の御守護の下に繁栄してきたものである。

祭神は祇園牛頭天王であり、相殿として八幡宮及び熊野権現の三社を祀り、その起源は古く、約五百年前と推定されるがその記録はない。

明治四十一年、うの宮神社に合祀された時の記録によれば、往古本村平地氏が京都より祇園の神を勧請し、上高坂の地に鎮座させ、高坂の社と称したとあり、合祀時までの社祠は天正三年の再建のものと記されていることから、勧請の時はそれよりかなり以前であることが窺える。

京都の祇園の神とは、現在の京都八坂神社のことであり、この八坂神社(やさかじんじゃ)は斉明天皇二年(656)新羅の牛頭山にあった須佐之男命(すさのをのみこと)の神霊を迎えたのが始まりで、平安中期(935)京都の八坂の郷にあった祇園寺(観慶寺)に神の神としてその神威は高まり、これが全国に広まり各地から勧請されたものである。

また、元日にはここからご来光を拝むことができ、四月桜の咲く時期には、薄桃色の花に彩られ、桜散り始めし時期には、雪と粉うばかりの幽玄の世界にいざなわれる。

ここから伊賀上野の街や上野城(白鳳城)を眺望することができる。

島ヶ原観光協会』


説明書きに在るような景色を目にした記憶はありませんので、ご来光が拝めるかどうか、伊賀上野の街や上野城(白鳳城)を眺望は解りません。

しかし、標高から考えても可能性は全く否定できません。

確実なのは、上部の県境にある滋賀県甲賀市信楽町多羅尾へ至る御斎峠(おときとうげ)付近であれば拝んだり眺望することは難しくないことは保証できます。

それにしても、この地を勧請場所に選んだという事は何があったのでしょうか。

道路も無い時代に此の地を通っていたということなのでしょうか。


関連情報レポートリンク

【伊賀 神社参拝案内 一覧】〔名張市〕・〔伊賀市〕