(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2015年04月06日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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津市白山町南家城 家城神社


三重県津市白山町南家城に鎮座する「家城神社(いえきじんじゃ)」です。

旧名賀郡に鎮座する参拝していない神社の若宮八幡神社(わかみやはちまんじんじゃ)天満神社(てんまんじんじゃ)市杵島神社(いちきしまじんじゃ)を参拝しようとやってきて、いつの間にか山を越えて、津市美杉町八知に鎮座する仲山神社(なかやまじんじゃ)に辿り着いてしまいました。

伊賀・名張方面に戻るのに国道165号線ではなく名松線の家城駅附近から戻ろうと考えて先に此処に参拝しました。

結果的に自衛隊で行き止まりになって少々時間を費やしてしまいました。


家城神社(いえきじんじゃ)

由緒

往昔、家城村の住人家城与左衛門の息子で円乗坊という高僧あり、鎮徳上人という。

上人、諸国の神社を参拝し、加賀の国一の宮、白山権現に詣で大麻を受けて故郷の老母の顔を見んとて帰国、家城の近く雲出川瀬戸ヶ淵の岸で路傍の石に笈を下ろし暫し疲れを癒していた時、笈の中から七羽の白鳥が飛び立ち小倭、飯福、山田野、八対野、川口、北家城の七ヶ所に羽を休めたという。

後、この七ヶ所に鎮徳上人が祠を建て、白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)加賀白山の御分霊として奉斎したのが始まりと伝えられている。

明治四十二年十一月二日に、南家城、北家城、藤、二俣、真見地区内の大小祠六社を、大字南家城字古屋敷鎮座の諏訪神社(すわじんじゃ)の社地に合祀、家城神社(いえきじんじゃ)と単称したものである。

尚、 当神社所蔵の古い神祠の扉に、嘉元二十二年(1304)丙午二月一日の銘がある。

祭日

一月一日 歳旦祭

四月十日 春季大祭(なげもち)

四月二十五日 戦没者慰霊祭(百三十七柱)

九月一日 宮籠(地区毎に五穀豊穣、家内安全、家運隆昌を祈願)

十月十日 秋季大祭(神輿を渡し町内一巡)

十二月一日 家城神社新嘗祭

十二月二十八日 大晦祭

こぶ湯

こぶ湯については、郷土史家や古老達の調査によっても明らかではないが、史家の説によれば古事記に崇神天皇(第十代)の御代の記にある。

仁徳天皇(第十六代)の記にも出ている。

尚、日本書紀によれば、雄略天皇(第二十一代)西暦470の記に盧城川(現在の雲出川)の宮の裏手に冷泉がでていることが記されている。

効用については、こぶが落ち、産婦の乳不足に霊験あらたかであると毎日十数人の人々がこの湯を尋ねてくる。

この湯を尋ねてくる人の跡が絶たない。』

※ 参拝の栞より抜粋


社叢(しゃそう)の見事さはたいしたものです。

川岸の平地にもかかわらずかなりの高さの樹木は壮観です。

結果的に此の地にもかなり早い時期から人々の営みがあったという事に驚かされるのですが、浪速や大和や近江から伊勢への街道筋になるのでしょうか。

由緒などから解るのは、古い時代から加賀にも人々の営みがあったということとその情報が此の地にも伝わっていたという事です。

どのようにして伝達されてきたのでしょうか。

興味津々です。


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