
三重県伊賀市鳳凰寺にある「史跡 鳳凰寺跡〔真言宗 豊山派 轟山 薬師寺〕」です。
伊賀盆地は私が思い描いていたよりも遥かに広大で平らな場所があることを思い知りました。

『史跡 鳳凰寺跡〔真言宗 豊山派 轟山 薬師寺〕
地元の伝承によると,乱の後,郷里へ帰った大友皇子の母(伊賀采女宅子娘)は鳳凰寺を建てて皇子の菩提を弔ったといわれている。
現薬師寺は鳳凰寺の跡地に建てられており,寺の礎石は鳳凰寺のものが使われている。
入り口脇には史跡鳳凰寺跡の石碑が建っている。』

私はあまり興味がなかったので、歴史には疎いのですが、此の地の歴史についても殆ど知りません。
歴史の記述があることの多くは、権力側にとって都合の良いことしか残っていないと考える方が自然であると思います。
都合の悪いことを記録に残すようなおせっかいはいませんよね。
そういう思いもあってあまり歴史書などにも興味はありません。

しかし、良い場所に建っています。
解放的な寺の風景と背景の山の風景は素晴らしいものです。
南の水田の中にある「鳴塚」は、古墳だという事ですが、訪問してみればこの場所に何故と言う疑問が湧いて当然ではないでしょうか。
現在のように縦横に道路が走っていた時代でもなく移動手段が徒歩だけであったとすれば広大な伊賀盆地の中でも、この場所と言うのはある意味、背後の山が自然の要害ではなかったのではないでしょうか。
近くに服部川も流れていて風光明媚な場所であったことは間違いなさそうです。