(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2014年09月29日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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名張市赤目町柏原 勝手神社


三重県名張市赤目町柏原に鎮座する「勝手神社(かってじんじゃ)」です。

伊賀には勝手神社(かってじんじゃ)が結構な数あり、由緒書きを見てなるほどと思ったのですが、吉野山までは徒歩では相当な時間がかかると思います。

赤目の峡谷の入り口にあたる地域なのですが緩やかな斜面に農地が広がっています。

往古から住みやすい地域であったのでしょう。


勝手神社(かってじんじゃ)

柏原地区の氏神として古くから鎮座している。

元来の勝手神社(かってじんじゃ)天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)をまつり、永禄五年(1562)柏原城の城主瀧野十郎吉政が、勧請したものとされる。

天正九年(1581)天正伊賀の乱において織田信長に攻められ落城したが、その後、村民これを氏神として崇敬し、文禄二年(1593)新たに神殿を再建した。

明治四年(1871)には、村社に指定され、(1907)にあった無格社を合祀している。

赤目まちづくり委員会』



勝手神社(かってじんじゃ)

永禄五年(1562)滝野城主、滝野十郎吉政が、大和吉野山にある勝手神社(かってじんじゃ)より勧請し、守護神として祭祀させてきた。

天正伊賀の乱最後の地になったが、再興された。

文禄二年(1593)の棟札が現存する。』


この場所は『決戦之地柏原城』の石碑が立っており、『和州騒動の図(名張市指定文化財)』があるということですが、薬師堂に保存されているのでしょうか。

祭神の数は十七柱が記載されています。

御祭神

    主祭神

  • 正勝吾勝勝速日(まさかあがつかつはやひ)天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)
  • 合祀祭神

  • 大日霊貴命(おおひるめむちのかみ)
  • 建速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)
  • 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
  • 天児屋根命(あめのこやねのみこと)
  • 天布刀玉命(あめのふとだまのみこと)
  • 大山津見神(おおやまつみのかみ)
  • 火産霊神(ほむすびのかみ)
  • 底筒之男命(そこつつのおのみこと)
  • 中筒之男命(なかつつのおのみこと)
  • 上筒之男命(うわつつのおのみこと)
  • 木花佐久夜比売神(このはなさくやひめ)
  • 大物主命(おおものぬしのみこと)
  • 奥津比古神(おきつひこのかみ)
  • 奥津比売神(おきつひめのかみ)
  • 応神天皇(おうじんてんのう)
  • 菅原道真公(すがわらみちざねこう)

最近は神社に祀られている神様の数が多いように思うのですが、漢字の当て方が様々なので読みにくいので閉口するときがあります。

伊賀や名張の地域の神社には良く書かれているのですが漢字で書かれているのは初めてです。


山神の鍵引雅詞

西の国の糸綿

東の国の銭金

伊賀の国の麦米

奈良の国の鍋釜

世界の宝引き寄せて

エッサ エッサ エッサヤー』


何とも愉快な内容なのですが、この周辺は大和国と伊勢の間にあるということでかなり潤っていたという事でしょうか。

三重県の中でも伊賀市と名張市は様々な面で名古屋方面ではなく大阪方面へ向いているという事の根本原因とも言えるのでしょうか。

この境内地は「柏原城址」でもあるようです。


関連情報レポートリンク

【伊賀 神社参拝案内 一覧】〔名張市〕・〔伊賀市〕