(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2014年09月04日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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名張市赤目町柏原 手すき和紙


三重県名張市赤目町柏原の橋のたもとに「手すき和紙」説明があります。

内容は歴史の証明であると思うのですが、この付近の各戸で手すき和紙の作業が行われていたという事でしょうか。

明治初期には洋紙よりも和紙が主流であったという事でしょうが、資本主義経済の下では商品価値があっても、コストなどの面で淘汰されてしまう事の証明でしょうか。

和紙の特性などから需要は少なくなっても価値が無くなった物ではないと思います。

むしろ高級品になりつつあるのでしょうが、技術の継承が困難にならなければ良いと思います。


手すき和紙

手すき和紙の製造には、きれいな水を必要とするため川に沿った集落を中心に江戸時代から作られていましたが、明治から昭和初期にかけて紙の需要が著しく増え赤目町一帯は一大生産地となっていました。

特に、赤目滝から流れてくる清流に恵まれていた赤目町柏原は、一集落としての従業戸数、生産高とも最も多く中心的位置を占めていました。

そして長坂、丈六、相楽方面、さらには錦生、箕曲方面へ広がっていきました。

出来上がった和紙は上野地方の特産である和傘の製造に大量に使用されました。

名張市郷土資料室には、「紙すき用具一式」が三重県の有形民族文化財に指定され保存されています。

赤目まちづくり委員会』


川の流れを見ていると上流の「赤目の峡谷」からの水量ってこの程度かなと思いました。

それぞれの滝の水量はもう少し多かったと感じていたのですが、清涼な水であることは間違いありません。