(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2014年07月19日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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名張市赤目町丈六 八幡神社


三重県名張市赤目町丈六に鎮座する「八幡神社(はちまんじんじゃ)」です。

途中で丈六寺(じょうろくじ)に気が付いたのですがこちらを先に訪問しました。

近鉄電車で赤目口駅の近くにこんもりと空へ向かって競り上がっている社叢(しゃそう)が見えていてずーーと気になっていました。

実際に目の当たりにすると車窓から見ていたよりもはるかに立派な巨大な樹木ばかりです。

境内に由緒書きがありました。


八幡神社(はちまんじんじゃ) 御祭人

應神天皇(おうじんてんのう)

宇迦能魂神(うかのみたまのかみ)

大物主神(おおものぬしのかみ)

天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)

豊玉姫命(とよたまひめのみこと)

大山祇神(おおやまつみのかみ)

五男三女神(ごなんさんにょのかみ)

例祭 毎年十一月二・三日

八幡神社(はちまんじんじゃ) 由緒

当神社の主祭神は應神天皇であり、観応元年九月十五日、京都石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)より御分霊を奉迎し、現在地に遷座される。

天正伊賀の乱に社頭は兵火に罹り、当時の社人なる者神霊を捧じて﨔の大木の元に祀り、後日社殿を造営し鎮座せられた。

明治四十年十月十八日許可を得て境内社を合祀し、次で明治四十一年四月十一日檀長坂に鎮座の各神社を合祀したが、昭和二十二年四月天満神社(てんまんじんじゃ)津島神社(つしまじんじゃ)へ分祀し、平成三年十二月相楽神社(さがらじんじゃ)に分祀した。』


これは理解しやすいです。

有難いことにもう一つ説明があります。


八幡神社(はちまんじんじゃ)

丈六地区の氏神として古くから鎮座している。

由緒には「当地にはもとより石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)をまつれり、よってその御分霊を奉迎せんとして正和三年(1314)京都にまいり神輿を買い求め観応元年(1350)ここに遷座した」と言われる。

天正伊賀の乱(1581)で焼かれたが、その後再興してきた。

明治の頃、丈六・相楽・檀・長坂の諸社を合祀した。

また、元禄の頃、檀村・丈六村・一ノ井村・柏原村・星川村・長屋村・矢川村の七ケ村がまとまり、旱魃防止のため雨乞いの神として信仰された。

赤目まちづくり委員会』


分祀したという赤目町長坂に鎮座する天満神社(てんまんじんじゃ)津島神社(つしまじんじゃ)と赤目町に鎮座する相楽神社(さがらじんじゃ)はそれぞれ訪問することとします。


伊賀の国神社参拝図

八幡神社(はちまんじんじゃ)

自然深き赤目丈六地区と檀区の氏神様。

観応元年(1350)に京都の石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)より分社された。

境内は樹齢七百年を超える欅の大樹があり、御神木とされている。』


大変素晴らしい境内には感嘆しました。


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