(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2014年05月24日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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名張市八幡 八幡正八幡宮


三重県名張市八幡に鎮座する「八幡正八幡宮(やばたしょうはちまんぐう)」です。

「伊賀四国第五十八番霊場」の「真言宗豊山派 月照山 善福寺(ぜんぷくじ)」からは、道なりに数分で到着します。

ここも周辺のほとんどの神社と同じく階段を上っての参詣になります。

名張川の東岸に位置しており村中の道は細く辿り着くのが難しかったというのが本音ですが、素晴らしい神社で訪問した時は数名の方が清掃作業をしておられました。


正八幡宮・八王子

    祭神

  • 誉田別命(応神天皇)
  • 健速須佐之男命
  • 大山祗命
  • 大日霊貴命(おおひるめむちのかみ)(天照大御神(あまてらすおおみかみ))
  • 五男三女命(八柱神)

由緒

古くから八幡区の氏神として現在地に鎮座した。

明治四十一年二月から二十七年間西田原春日神社に合祀されていたが区内氏子の崇敬の念篤く昭和十年一月復祀され現在に至っている。

当八幡宮は古くから「唐琴」の伝説がある。

出雲国造が夢託により、神功皇后(応神天皇の生母)が三韓征伐から持ち帰った琴を神体としてこの地に皇后の霊を祀ったというのが伝説の骨子である。

現存する最古の棟札には文明六年(1474)甲午卯月十六日(室町時代後期)造営時のものがある。』

    祭礼

  • 弓引祭 一月十七日
  • 歯堅祭 六月一日(旧暦)
  • 例大祭 十月二十日
  • 神帰祭 十二月一日

西側には名張川が月ヶ瀬に向かって流れていますが、川沿いに上ってきたとすればこの「八幡(やばた)」と言う集落は生活するに望ましいと思えたのは理解できます。

月ヶ瀬の周辺の急傾斜地に生活を営むことと比較すれば原野であったとしても容易であったと思われます。

しかし、由緒から考えると1474年に造営したということは少なくともそれ以前から生を営んでいたことは否めませんし、人力が主であった時代にこの地に移住してくることは容易ではなかったでしょう。

しかし、伊賀市や名張市周辺から奈良県に向けての山間部に集落があることに驚嘆しているというのが河内平野で生まれて育った私の本音です。


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